林純一 ミトコンドリアミステリー

 

ミトコンドリアとは何か

ヒトも他の生物もそうですが、細胞というものからできている。ヒトの場合、なんと60兆個とも言われるほとんど無数に近い数の細胞からできている。細胞の中に、実に複雑な化学反応を行う器官が詰まっている。ミトコンドリアも、細胞の中に存在しているそんな小器官の一つである。

ミトコンドリアは、どうももともとは生物として独立した存在だったようだ。1967年にボストン大学のリン・マーギュリスが発表した「細胞内共生説」というものがある。これは、ミトコンドリアなるものがどうして細胞の中に存在しているかを説明するもので、多くの研究者の支持を得ている。
 まず、地上に最初に現れたのが原核生物であった。時間の経過にともなって、3種類のものが出現した。第一が原始真核生物。第二が葉緑体の祖先となる原核生物。そして、第三がミトコンドリアの祖先となる原核生物。
原核生物とはすべて一つの細胞でできている単細胞微生物。真核生物と違って、核をいうものを持っていない。

第二の原核生物は、葉緑体の祖先なだけに、光合成をおこなって、地球の空気の主成分であった二酸化炭素と水に太陽光を組み合わせて、ブドウ糖を合成し始めた。そのとき、この光合成によって、酸素が大気中に供給され始めた。

酸素という原子は、フッ素の次に電子というものを他のものから奪う能力が強い。そして、周囲にある物質と手当たり次第結合してしまう。そのため、酸素が体内に入れば、生命活動に必要なDNAやタンパク質を酸化してボロボロにしてしまう。

原始真核生物は、核膜によってDNAを保護するような仕組みを発明していたのだが、酸素に対する防御は不十分で、他の原核生物と同様に、死に絶えるか、あるいは、酸素の少ない地下に潜るしかなかった。

葉緑体は、他の生物をほぼ完全に抹殺した。しかし、そのなかで新たな生物が生まれた。それが、第三の原核生物で、ミトコンドリアと類似した生物。

この原核生物は、酸素を利用してブドウ糖を二酸化炭素と水に酸化分解して、そのとき、この反応によって生じるエネルギーの差をATP(アドノシン三リン酸)という物質のエネルギーに変換するという全く新しい能力を持っていた。この能力を、「酸素呼吸」という。

ミトコンドリアは、有害な酸素を水に変えることが出来ただけでなく、生命にとってほぼ唯一のエネルギー源であるATPを生産してくれる都合の良い生物だった。すなわち、原始真核生物は、ミトコンドリアという他の生物を体内に取り込んで、新しい形式の生命へと進化した。これを「細胞内共生」という。

ミトコンドリアは、共生を完成させる過程で、自らに必要なタンパク質を製造するために必要な情報を残して、残りのDNA情報を核DNAに避難させてしまったらしい。

(1)数。 核DNA:2コピー。mtDNA:数1000コピー。
(2)長さ。 核DNA:長い。mtDNA:短い。
(3)遺伝子として使っている部分。核DNA:5%。 mtDNA:95%。

(4)情報の元: 核DNA:両親。 mtDNA:母親だけ。

精子由来のmtDNAは、受精した直後にはその存在が確認されるのだが、受精卵が2つに分裂する前に、例外なくしかも完全に消滅していることが実験的に証明された。ただし、異種間の交配の場合に限って、精子のmtDNAがちょっと残る。

受精までに精子は鞭毛を動かして猛烈な運動をしなければならない。となると、そのエネルギーを供給するミトコンドリアが大量の酸素を処理していて、当然活性酸素にさらされ、mtDNAに多くの傷が残っている可能性が高い。そのため、卵子は、このような危険性の高い精子のmtDNAを排除するのではないか、と想像。

mtDNAは、数1000個のコピーが存在していて、これらが単独に存在しているのではなくて、物質交換という相互作用を行いながら、機能しているということを証明。

呼吸機能が無くなったmtDNAの割合が90%を超さなければ、正常な残り10%がtRNAを出し続けることによって、細胞としては機能を続けることが可能

 

ミトコンドリアははじめから永遠の生命を持っていることを、示している。老化と死が運命づけられているのは、核DNAのほうである。

mtDNAには、核DNAには存在するテロメアという未端構造がないせいかもLれない。テロメアは寿命を決める回数券のような役制を持っており、細胞分裂するたびにDNAの末端部分が少しずつ短くなり、この部分が一定以上短くなると、細胞は分裂する能カを失い、死を迎える。
しかし、mtDNAはリング状の構造になっているため、末端というものが存在しない。したがって、どんなに複製してもDNAが短くなることはなく、条件さえ整えば、mtDNAはいくらでも生きることができる。