青色LED訴訟 判決の要旨

第1ー第2(略)

第3 当裁判所の判断
1(略)

2 予備的講求について
(1)−(2)(略)

(3)本件特許発明と被告現方法
 当裁判所は、半導体結晶膜成長方法は本件特許発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属するものと判断する。同方法は、本件特許発明の技術的原理を前提として、その作用効果を高めるために実施態様を工夫したか、せいぜい改良発明としての意味を持つものでしかない。
 なお、当裁判所は、同方法は本件特許発明の技術的範囲に属すると判断するものであるが、特許権侵害訴訟と異なり、本件のような職務発明の相当対価請求訴訟においては、上記の点は、必ずしも相当対価の算定に当たり結論に影響を与えるものではない。すなわち、仮に、本件特許発明の各構成要件の文言を狭義に解釈して、同方法は文言上本件特許発明の技術的範囲に属しないとし、また、同方法と本件特許発明の相違部分につき当業者が容易に想到することができないとして均等の成立も否定する立場をとるとしても、同方法が本件特許発明を基本的原理として利用した技術であることは明らかである。そして、後記のとおり、本件特許発明が、高輝度青色LED及びLD(レーザーダイオード)の製造のためのGaN(窒化ガリウム)系半導体結晶膜を成長させるに当たって決定的な役割を果たす技術であることに照らせば、競業他社に対して本件特許発明の実施を禁止することにより、被告会社が高輝度青色LED及びLDの市場において競業他社に対して優位な立場を獲得していることは、優に認められるところである。そうすると、仮に本件特許発明を狭義に解釈して同方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないとしても、被告会社が高輝度青色LED及びLDの市場における優位な立場を通じて得ている超過売上高は、いずれにせよ、本件特許権の取得により本件特許発明を実施する権利を独占することによって得られる利益(独占の利益)と認定すべきものだからである。

(4)本件特許発明の内容等について
 本件特許発明については、@本件特許発明が発明されたことにより、青色LEDの製品化に耐え得る質のGaN系化合物半導体結晶膜の成長が可能となったもので、基本特許の地位を占めるものであり、A被告会社は、高輝度青色LED及びLDの市場において、競業他社に対する優位を保っているものであるところ、競業他社は青色LEDが製品化されて以来現在に至るまで、本件特許発明を独占して実施する被告会社の製造する高輝度青色LEDに比して、常に何割か輝度の劣るLEDしか製造できていない。高輝度LED及びLDに関しては本件特許発明の方法によってもたらされる結晶膜の質の差が、製品となった半導体発光素子の品質(輝度)に決定的な役割を果たしているものと認められる。
 この点に関して、被告は、GaN系青色LEDの製造に関与する技術としては他の技術も存在することを指摘するが、それらの技術についてはいずれも代替技術が存在するものであり、そのような代替技術を有する競業他社に対して被告会社が優位を保っているのは、被告会社が本件特許発明を実施して半導体結晶膜を製造し、他方、本件特許権の存在により競業他社が本件特許発明を用いて半導体結晶膜を製造することができないことに起因するものといわざるを得ない。

(5)独占の利益算定の基準時等
 上記によれば、高輝度青色LED及びLDの市場において被告会社が優位な立場を獲得しているのは、本件特許発明を実施して半導体結晶膜を製造し、本件特許権により、競業他社に対して本件特許発明の実施を禁止していることに起因するものと認められる。
 そこで、被告会社が高輝度青色LED及びLDの市場における優位な立場を通じて得ている超過売上高を認定し、それにより被告会社が本件特許発明を実施する権利を独占することによって得ている利益(独占の利益)を算定する。(略)
 本件においては、独占の利益は、中間利息を控除して相当対価の最終支払時期である本件特許権の設定登録時(平成9年4月18日)における金額として算定するのが相当である。

(6)被告会社におけるGaN系LED及びGaN系LDの売上高
 そこで、独占の利益を算定する前提として、被告会社のGaN系LED及びGaN系LDの過去の売上高及び推測される将来の売上高を認定するが、これらの売上高についても、上記基準時(平成9年4月18日)における価額として算出しておくのが便宜である。
 まず、GaN系LEDについては、@既に明らかとなっている平成6年から平成8年までの売上高(売上高についてはいずれも12月末日締め)は合計60億4600万円である(これらの売上高中の独占の利益に対応する相当対価は、いずれも本件特許権の設定登録時に支払時期が到来し、それまで遅滞とならないから、遅延利息は付さない)。また、A既に明らかとなっている平成9年から平成14年までの売上高と、B平成15年から平成22年までの予想売上高(米国 Strategies Unlimited社のレポートに基づいて予測される将来のGaN系LEDの市場規模や、被告会社の過去における市場占有率、将来の変動要因等を総合的に考慮して控えめに認定したもの。ただし、平成22年分については、本件特許権存続期間満了時(平成22年10月25日)まで〔日割計算〕のもの)は、複利計算により中間利息(年5分)を控除して上記基準時における価額にひきなおした額として、これらを合計すると(A十B)、合計1兆993億8940万円となる。
 そうすると、GaN系LEDについては、上記の合計(@十A十B)の1兆1054億3540万円が、平成9年4月18日を基準とした相当対価を算出するための基礎となる亮上高合計額となる。
 次に、GaN系LDについて、同様に将来の市場規模、被告会社の市場占有率等を予想して、控えめに認定すると、平成15年から平成22年までの売上高(平成22年分については、本件特許権存続期間満了時までのもの)は、複利計算により中間利息(年5分)を控除して上記基準時における価額にひきなおすと、合計1031億6587万円となる。
 以上によれば、平成9年4月18日を基準とした相当対価を算出するための基礎となる売上高合計額は、GaN系LEDについての上記1兆1054億3540万円とGaN系LDについての上記1013億6587万円との合計額である1兆2086億217万円と認められる。

(7)被告会社の超過売上高
 次に、被告会社の独占の利益を算定する前提として、本件において、本件特許権により競業他社に本件特許発明の実施を禁止していることに起因する被告会社の超過売上高(すなわち、競業他社に本件特許発明の実施を許諾していた場合に予想される売上高と比較して、被告会社がどれだけこれを上回る売上高を得ているか)を認定する。
 前記のとおり、高輝度青色LED及びLDの市場において、被告会社が他社に対する優位を保っているのは、被告会社が本件特許発明を独占していることが、他社の市場参入を阻む強い抑止力として働いている結果というべきである。青色LED及びLDの市場は、被告会社のほか豊田合成及びクリー社により占められた寡占的な市場であり、証拠上、これら3社の間に、製品自体の競争力のほかにその売上高を大きく左右する事情(例えば企業規模や販売力の顕著な差等)が存在するとは認められないから、仮に被告会社が本件特許発明の実施を競業会社である豊田合成及びクリー社に許諾していれば、被告会社の売上高のうち少なくとも2分の1に当たる製品は、豊田合成及びクリー社により販売されていたものと認められる。すなわち、上記(6)の売上高のうち、被告会社が競業他社に本件特許発明の実施を禁止できたことに起因して得ることのできた売上の割合は、少なくとも2分の1を下回るものではない。

(8)本件特許発明の実施料率
 そこで、上記認定を前提として、本件特許権についての被告会社の独占の利益を算定することとなるが、その方法としては、@被告会社が上記超過売上高から得る利益を算定する、A豊田合成及びクリー社に本件特許発明の実施を許諾した場合を想定して、その場合に得られる実施料収入により算定する、という2つの方法が考えられる。
 @の方法をとる場合は、被告会社が上記超過売上高(上記(6)の売上高の2分の1)から得る利益を算定することになるところ、本件においては、上記売上から得られる利益率や、LED及びLDの分野の他の特許との関係で各製品において本件特許発明の占める寄与率について、これを明らかにする証拠がない。また、この方法では、被告会社が自ら製造販売することによりあげる収益を算定することになるが、将来の設備投資や資金調達のリスク等の諸要素をも考慮する必要が存在する。
 これに対して、Aの方法の場合は、他社から支払われる実施料収入であるから、金額としては、被告会社が自ら製造販売を行うことによりあげる利益額(上記@の方法)よりも控え目な金額となるが、他社による売上につき一定割合の収入が支払われるものであって、被告会社自らが設備投資や資金調達等を行う必要がないので、これらに伴うリスク等の諸要素を考慮する必要がない。
 本件においては(略)Aの方法により被告会社の独占の利益を算定することとする。
 前記のとおり、仮に被告会社が本件特許発明の実施を競業会社である豊田合成及びクリー社に許諾していれば、上記(6)の売上高のうち少なくとも2分の1に当たる製品は、豊田合成及びクリー社により販売されていたものと認められる。
 次に実施料率が問題となるが、前記のとおり、被告会社が、競業他社に対して。輝度のまさった高輝度青色LED及びLDを製造し続け、市場における優位性を保っているのは、本件特許発明を独占していることによるものであり、さらに本件特許発明の内容等の諸事情をも併せて考慮すると、仮に豊田合成及びクリー社に本件特許発明の実施を許諾する場合の実施料率は、少なく見積もっても、販売額の20%を下回るものではないと認められる。

(9)被告会社の独占の利益
 そうすると、仮に被告会社が本件特許発明の実施を競業会社である豊田合成及びクリー社に許諾していれば、上記(6)の売上高のうち少なくとも2分の1に当たる製品は、豊田合成及びクリー社により販売されていたものであるから、実施料額算定の前提となる売上高は、上記(6)の売上高(被告会社の青色LED及びLDに関する売上高及び予想売上高につき平成9年4月18日の時点の価値として計算した数値である1兆2086億217万円)の2分の1となる。したがって、平成9年4月18日の時点の価値として算定した実施料額は、これに本件特許発明の実施料率20%を乗じて得られた1208億6021万円となる。
1兆2086億217万(円)x1/2x0.2=1208億6021万(円)
 以上によれば、被告会社が本件特許発明を独占することにより得ている利益(独占の利益)は、1208億6012万円と認められる。

(10)発明者の貢献度
 (略)本件において証拠により認められる事実関係に照らすと、被告会社には、赤色LEDの原材料精製等に関する技術の蓄積が多少あったものの、青色LED開発に必要な技術の蓄積は全くなかったところ、原告が、研究開発テーマとして青色LEDを選んだ上、その素材としてGaN系化合物を、さらにその結晶膜の成長法としてMOCVD(有機金属気相成長法)をそれぞれ選択して、独力でMOCVD装置の改良を重ね、本件特許発明をするに至ったものということができる。
 他方、本件特許発明が発明される経緯において被告会社の行った具体的な貢献としては、原告の米国留学費用を負担したこと、市販MOCVD装置購入を含む3億円余の初期設備投資の費用を負担したこと、原告による青色LEDの研究開発期間中、実験研究開発コストを負担したこと、直ちに利益をもたらす見込みのつかない青色LEDの研究に没頭する原告に対し、結果として会社の実験施設等を自由に使用することを容認し、補助人員を提供したことなどが挙げられる。
 上記によれば(略)被告会社においては青色LEDに関する技術情報の蓄積も、研究面において原告を指導ないし援助する人的スタッフもない状況にあったなか、原告は、独力で、全く独自の発想に基づいて本件特許発明を発明したということができる。(路)小企業の貧弱な研究環境の下で、従業員発明者が個人的能力と独創的な発想により、競業他社をはじめとする世界中の研究機関に先んじて、産業界待望の世界的発明をなしとげたという、職務発明としては全く稀有な事例である。(略)本件特許発明について、発明者である原告の貢献度は、少なくとも50%を下回らないというべきである。

(11)本件特許発明についての職務発明の相当対価
 そうすると、本件特許を受ける権利の譲渡に対する相当対価の額(特許法35条4項)は、被告会社の独占の利益1208億6012万円(前記(9)において算定した実施料合計額)に発明者の貫献度50%を乗じた604億3006万円となる。
1208億6021万(円)x0.5=604億3006万(円)

(12)−(13)略

3.結論
 原告は被告会社に対し本件特許発明についての職務発明の相当対価として604億3006万円の請求権を有するものであり、相当対価の支払いについては勤務規則等の定めによる支払時期から履行遅滞となるものであるから、本件特許発明の相当対価の一部として200億円及びこれに対する支払時期以降の日である平成13年8月23日(訴訟提起の日)から支私い済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める予備的請求(略)は、理由がある。