日本経済新聞 2007/10/27

景気討論会 

 回復感なき成長持続 企業堅調、家計と明暗

日本経済新聞社と日本経済研究センターは26日、東京・大手町の日経ホールで景気討論会を開いた。日本経済は家計部門に弱さがある半面、企業部門は堅調で、回復感が乏しいながらも成長を持続するとの認識で出席者は一致。2007年度の実質経済成長率は1%台後半で潜在成長率並み、08年度は2%前後で推移するとの見通しを示した。先行きのリスクとして米国経済の減速や原油高を挙げる声が大勢だった。

出席者
日本経済研究センター理事長 深尾光洋氏
野村証券チーフエコノミスト 木内登英氏
三井住友銀行頭取 奥正之氏
日本総合研究所副理事長 高橋 進氏
司会は日本経済新聞社東京本社編集局長 高橋進一

高橋氏 賃金低迷、消費に重し
奥氏   倒産増加 緩慢な動き
木内氏 生産・投資は下期好転
深尾氏 今年度、1.6-1.7%成長

ー 景気の現状は。
高橋氏 企業主導の回復メカニズムは途切れず、緩やかに回復する。しかし下振れリスクがあり、加速はしない。賃金が伸びないのが個人消費の重しで、原材料の値上がりを価格に転嫁できない中小企業は収益を圧迫される。信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)の影響で米国前け輸出が鈍る。過去2年は円安・株高で経済が水膨れしたが、今年はこの要因もない。

奥氏 輸出に響く円高があっても、07年度は増収増益を見込む企業が多い。一方で上半期は企業の倒産件数が前年を大きく上回った。金融市場に不安も多く、かなり緩慢な経済成長になる。サブプライムローンが日本の金融機関に与える影響は限定的だ。

木内氏 少し明るく考えている。IT(情報技術)の在庫調整が一巡し、下期は生産増が期待できる。上期に弱かった設備投資も増えてくる。今年は輸出先で中国向けが米国を上回る。中東欧やロシア、中東、南米など新興国向け輸出が増えた結果、日本経済は米経済の失速や原油高などの外的ショックに強い輸出構成になった。個人消費が弱くバランスは悪いが来年半ばを転換点に成長ベースが上ろう。

深尾氏 製造業は賃金の安い国でも生産できるため、賃金をなかなか上げない。建築確認の厳格化に伴う住宅着工の減少は成長を抑える。

ー 企業収益の見通しはどうか。
高橋氏 日本企業は財務体質が強くなり、業績は大きく崩れない。原油価格は仮に1バレル88ドルとすると、企業全体の経常利益を4兆ー5兆円押し下げると試算している。ただ今のところは企業全体でみれば売り上げ増加で吸収できる。

奥氏 内需に頼る企業は非常に苦労している。原油価格の上昇分を販価に上乗せできない企業は人件費を抑えている。

ー 福田康夫政権の政策運営をどう見るか。
高橋氏 福田首相は改革を継続し、弱者への配慮と両立させると発言している。だが自民党をみると改革はリップサービスになりつつある。独立行政法人や公務員制度の改革は後退している。大企業と中小企業、都市と地方の格差の拡大が「改革の影の部分」といわれるが、それは経済のグローバル化に伴う新たな構造問題だ。むしろ改革を深化させる必要がある。

奥氏 構造改革の継続と経済成長、財政再建は相反しない。財源は限られるので、政策の優先順位を決めてメリハリをつけるべきだ。

木内氏 福田政権は今は増税にかたよっている。国民の選択肢として巨額の財源が必要な杜会保障の未来像などを示し、小幅な増税をする方向にたくみに誘導しているのではないか。

深尾氏 前の安倍政権の上げ潮路線は高い成長率への希望的観測で、何もしていない。福田政権は現実に引き戻され、何らかの増税が必要だということになった。

ー 景気や株価、金融政策の見通しは。
高橋氏 実質成長率は07年度が1.7%、08年度は1.9%。年末の日経平均株価は1万7000円前後だろう。日銀は日米経済を慎重に点検する必要があり、利上げの議論は来年だ。

奥氏 実質成長率は07年度に1.7%程度、08年度は2.0%にいくかどうか。

木内氏 日銀の利上げは来年の2月か。来年は合計3回の利上げがあるとみる。実質成長率はは07年度は1,7%、08年度は2.3%。

深尾氏 米国で年内に利下げがあるだろうから、日銀の年内利上げは無理。年末の株価は1万6000円前後。今年度の成長は1.6−1.7%と潜在成長率並みで、来年度は2.0%程度だ。

米(サブプライム)中(過熱成長続く)巡り議論活発 

 サブブライム問題で揺れる米国。年率11%を超す経済成長と高い物価上昇率で過熱感の強まる申国。討論会では日本経済に大きな影響を与える「2つの大国」についても活発な議論となった。
 米経済をめぐり木内氏は「個人消費はしっかりしている。年明けにかけ成長ぺースは若干落ちるが、来春から徐々に持ち直す」と述べ、短期間で強さを取り戻すという楽観的な見方を示した。
 雇用の減少は金融機関や建設業など.に限られると予想。米連邦準備理事会(FRB)の利下げにも支えられ、サブプライム問題の実体経済への影.響は軽微とみている。
 これに対し、高橋氏は「米住宅市場の調整は来年半ぱまでずれ込む。雇用の伸ぴが鈍れば個人消費にも影響が出る」と厳レい見方を示した。
 高橋氏は米の住宅価格が1割下落すると国内総生産(GDP)を0.5ポイント押し下げると試算。「来年半ばにいったん持ち直すが、元に戻るというよりは成長率の水準が押し下げられる」とも語り、3%弱とされる潜在成長率を下回る成長が続く可能性を指摘した。
 中国経済に関しては深尾氏が「1年以内にインフレが加速するリスクがある」と指摘。株価や不動産価格が高騰を続け、物価上昇が目立ち始めた現状を日本の1970年代初頭の過剰流動性インフレと重ね合わせた。
 利上げすれぱ海外からマネーが流入。人民元を切り上げると輸出競争力が低下するうえ、介入で膨らんだ外貨準傭資産が大幅に目減りするーー。
 深尾氏は中国のこんなジレンマを挙げ、「利上げせず、通貨も切り上げず、『調整インフレ』で調整されるシナリオがあるが、社会不安を招き危険」と警鐘を鳴らした。