2008/3/26 日本経済新聞

地球温暖化防止シンポジウム

 日本経済新聞杜、日本経済研究センター、財団法人・地球環境戦略研究機関は16日、東京・丸の内の東京国際フォーラムでシンポジウム「地球温暖化防止、世界と日本」を開いた。基調講演で英国のトニー・ブレア前首相は温暖化防止に向けて先進国と途上国の協調が重要と指摘、7月の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)での日本の役割に期待を示した。パネル討論では鴨下一郎環境相、石原慎太郎東京都知事らがそれぞれの立場から意見を交わした。(司会は日本経済新聞論説委員長・平田育夫)

基調講演 トニー・ブレア前英首相
 途上国との協調が重要

 気候変動対策でここ数年大きな変化が起きている。私が首相を務めていた2005年に英国で開いた主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)では気候変動とアフリカの問題を議題にした。これをきっかけに先進国と主な途上国で気候変動問題を話し合う枠組みが動き出した。
 欧州連合(EU)は排出量取引を始め、20年までに温暖化ガス排出の20%削減を決めた。米国では企業や自治体が排出削減を進めている。日本の福田康夫首相も、1月のダボス会議でこの問題で主導権を握りたいと表明した。
 途上国にも排出削減の義務があるが、経済成長を抑えるわけにはいかず、先進国の方がより大きな責任を負っている。50年までに世界全体の排出量を50%削減するということは先進国は80%以上減らすことになる。1人当たりでは日欧は5分の1、米国が10分の1に減らさなければならず、革命を起こす必要がある。
 京都議定書の期限が切れる22年以降の国際枠組み(ポスト京都議定書)では、森林伐採の防止、技術移転や研究開発、途上国に対する温暖化の適応措置などを進めるべきだ。排出量の多い一部の産業分野については、地球規模で削減目標を作ることも大事だろう。
 国連の場では百カ国以上がまとめて合意するのは難しく、先進国と中国、インドなど主な途上国との対話が大事だ。そういう意味で今年の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)は国際的な議論を前進させる大きなチャンスになる。
 ポスト京都には米国、中国、インドを取り込むことが重要で、政治、経済的に重要度が高まっているアジアに位置する日本には大きな力がある。日本は太陽光発電やハイブリッドなど科学技術分野でも世界をリードしており、サミットで主導権を握ることができるだろう。

トニー・ブレア氏(前英国首相)
 オックスフォード大学卒。1983年下院議員。労働党スポークスマンなどを経て94年党首。97年に43歳で首相に就任、2007年6月に退任。現在は中東和平や環境問題に取り組む。

 

CO2削減 今こそ行動

鴨下一郎氏(環境相) 日本発のルールを
 日本大学医学研究科修了。1993年衆院議員。環境政務次官、厚生大臣などを経て2007年から現職。

石原慎太郎氏(東京都知事) 東京だけでもやる
 一橋大学法学部卒。1968年参院議員、72年衆院議員に。環境庁長官、運輸相などを歴任した後、99年から都知事。

西沢潤一氏(首都大学東京学長) 送電を直流に変換
 東北大学工学部卒、工学博士。1989年文化勲章、90-96年東北大学総長。2005年から現職。

山下光彦氏(日産自動車副社長) 車・人・社会 一体で
 京都大学大学院航空工学修士課程を周流語、日産入社。第一車両開発部部長などを経て、2004年常務、05年から現職。

【問題解決の方策】
ー 気候変動の問題をどうとらえ、問題解決のために何が必要か。

鴨下氏 京都議定書はすべての主要排出国が参加した枠組みではなく、温暖化対策の実行という意味では残念な結果になった。ポスト京都議定書の枠組みはすべての国が参加してつくらなければならない。先進国や新興国、発展途上国など国によって様々な論理がある。とくに途上国からは「先進国は技術、資金を積極支援すべきだ」という意見があり、これを無視した成功は難しい。主要国首脳会議(サミット)の議長国の日本は、途上国支援のための資金メカニズム、技術支援について積極的なリーダーシップをとるべきだ。

石原氏 温暖化問題は哲学といえる。人間の活動の舞台そのものがなくなるかもしれず、一人ひとりが自分の人生の問題として考えなければならない。小さな努力を尽くす、例えば無駄な電気を消すことが子孫への奉仕だという認識が必要だ。環境対応の技術、製品が経済性を持って流通する構造をつくらなければならない。東京は新たな条例をつくり、オフィスや家庭を対象に二酸化炭素(C02)削減を義務化する。

西沢氏 日本のような物資が乏しい国は、ものを無駄遣いしてはならないという考えでやってきた。南極の氷の中のCO2を調べたところ、200年後には現在より(大気中の)濃度がはるかに高くなる。科学者は「間違ってはいけない」と気にするが、「間違いない」と分かったときは対策が間に合わない。とりあえず手を着けるという姿勢でなければならない。水力発電の活用や、半導体で(送電の)交流と直流を変換する技術を使えば、(直流送電することで電力を効率的に使用でき)当分はエネルギーの心配がなくなる。

山下氏 車が排出するCO2を2050年に半減しようとすると、車の台数が増えるため、(1台当たり)9割の排出削減をしなければならない。今の技術では追いつかず、すべて自然エネルギーからの電力を使うしかない。ただ、早く手を打てばそこまでしなくて済む。我々はまず15年までにCO2排出量を40%削減する目標を立てている。急な加減速をやめ、渋滞を改善すれば、それぞれ2割程度の削減効果が見込める。技術的な取り組みに加え社会的な施策が必要で、早い段階で車と人、社会とが一体となった取り組みの具体化をしたい。

【日本の貢献】
ー 日本では排出量取引制度の導入に一部の反対があるが、取引制度を導入した英国と日本のどこが違うのか。

ブレア氏 日本は製造業が強く、英国はサービス業が中心という産業構造の違いがある。英国で産業界が取引制度を支持したのは、ビジネスの機会があると考えたからだ。いま世界は取引制度導入の方向に動き始めているが、課題は各国の取り組みをどうつなげていくかだ。欧州の企業も欧州が単独で残されては困るという不安を持っている。世界的な合意ができ、発展途上国なども参加するという仕組みができれば日本の産業界も参加しやすいのではないか。

ー 東京都は、排出量取引の世界的な枠組みである国際炭素取引協定(ICAP)に参加する予定はあるか。2年後に始める排出量取引で周辺自治体との広域連携は。

石原氏 参加するつもりでいる。独自で入ったらいいんじゃないか。そうすれば国を引っ張り込むことができると思う。(排出量取引では) 神奈川、千葉、埼玉などの知事といろいろ話をすると意見が一致するので、合意は簡単に得られる。一晩中、自動販売機を稼働させておく必要があるのか、ネオンサインをつけておく必要があるのか。東京だけで(排出量取引を)やっても仕方がないので、首都圏でイニシアチブをとって考えていこうと思う。

鴨下氏 日本は重厚長大産業が経済を背負っており、排出削減量を課せられると手かせ足かせになって国際競争力を失うと言っている。ただ、いつまでも重厚長大産業が日本に富をもたらす保証はない。ある種の排出削減量を課して革新が起こり、環境配慮型の産業が興り、世界で競争力のある分野に育つと考えている。最終的には既存分野の人たちとの戦いになり、ここを乗り越えないとうまくいかない。(取引制度自体は)必ずしも欧州連合(EU)型のルールに従うのではなく、日本型のルールを提唱しながら世界標準をつくっていけばよいと思う。

【対策の緊急性】
ー 20年には排出量が増加から減少に転じなければいけないといわれているが、各国の目標を足し合わせても間に合わない。

ブレア氏 本当に難しく、世界的な合意の必要性を言っているのもそのためだ。政策が明確に見えてこなければ行動も起こしようがない。技術はいろいろ発展してくるだろうが、明確な信号が発せられなければ20年の転換は難しい。いま行動しなければこうした議論自体が無駄になってしまう。急進的な行動が必要だが、世界的な合意ができれば産業界にも弾みとなる。いったん始まりさえすれば大きく動き出す。まさに今が行動すべき時だ。

シンポジウムを聞いて 論説委員 塩谷喜雄

排出削減、魔法の薬はない

 「科学の示唆に応えて、危機を回避するのは政治の決断だ」。一見無謀とも思える大胆な削減目標を掲げ、低炭素社会へ価値の転換を促すよう制度を改革してきた、トニー・ブレア前英首相は、トップダウンの重要性を語った。そのリーダーシップは、地球温暖化という科学的な結論を不可避の現実として受け入れたことに始まるという。
 何が現実か。この哲学的理解がないと、科学者が示した危機の本質をつかめず、旧態依然の業界と行政の論理に逃げ込むしかなくなる。対応が後手後手に回る日本の役所や経済界の体質を、一刀両断にした石原慎太郎東京都知事のこの直言は、みごとなほど、ブレア氏の見解と重なる。
 石原氏が「どこにでも御用学者はいる」と厳しく批判した温暖化否定論や温暖化歓迎論が、日本ではまだかなり目に付く。国連に設けられた気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第四次報告で、科学的論争は決着し、いま奇妙な幻想を振りまいているのは、御用学者というより、科学界には相手にされない学問のレベルだ。
 対応が遅れた上に、国別の総量削減目標の設定に、積み上げ方式なる不可思議な方法を、日本は提唱している。鴨下一郎環境相は、地球温暖化に関する主要20カ国閣僚級会合(G20)で、業種ごとに目標基準を積み上げる日本的なセクダーアプローチが、途上国から厳しい反発を受けていることを「誤解されて」という微妙な表現で紹介した。
 排出量が大きくしかも急増していて、削減枠組みへの参加は不可避とされるインドが特に強く反発している。洞爺湖サミットを待たずとも、積み上げ方式のお蔵入りは決定的といえる。鴨下環境相は、重厚長大産業がいつまでも主流ではないとして、日本らしい炭素市揚をつくる方向をも示唆した。
 西沢潤一・首都大学東京学長と、山下光彦・日産自動車副社長が示した技術の可能性は、その価億を市場や社会が認めることで、普及拡大していく。どこかに魔法の薬があって、それを世界に振りかければ、温暖化がストップするがけではない。経済社会が、排出削減に適正な価値を与えることで、人類は応分の責任を果たしながら、危機を回避することが可能になる。
 「共通だが差異ある責任」という原則は、途上国と先進国だけでなく、国と地方、企業と個人などにもあてはまる。全員参加のための人類の知恵だ。