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10年連続 最高益更新

信越化学工業株式会社 金川千尋 社長             インタビュアー 丸川珠代

プロフィール:
金川千尋(かながわ ちひろ)
1926年3月15日生まれ(79歳)
1950年3月:東京大学法学部卒業
1950年4月:極東物産(現・三井物産)入社
1962年2月:信越化学工業 入社
1975年1月:信越化学工業 取締役
1978年3月:米国シンテック社 社長
1983年8月:信越化学工業 副社長
1990年8月:信越化学工業 社長

<インタビュアーの目線>
10年連続で過去最高益。ただいま躍進中のIT企業の話ではない。創業79年になる化学素材メーカーの業績である。借金なし、年間キャッシュフロー1400億円、連結の売上高経常利益率15%。

主力商品である塩化ビニル樹脂、半導体シリコンウエハー、セルロース誘導体では、いずれも世界シェアNo.1を誇る。いったいどうやって、こんなに強くなれたのだろう?そう疑問を抱かずにいられない。申し分のない健全性、かつ理想的な成長拡大。しかもその舵を取る経営者は、1990年から変わっていない。 世界経済や市場が、その間どれだけダイナミックに変化してきたかを考えると、疑問はますます膨らんでいく。

異常なまでに手堅い経営の結果だろうか。いや、市場の変化に乗り遅れれば、シェアはどんどん小さくなってしまうだろう。では、社長が機を見るに敏な“天才”だったのか。15年間も同じ社長が続けば、独善やマンネリといった弊害も指摘されよう。もしかして、この世にありえないほどの幸運が、いつもこの会社 に付きまとっていたのだろうか。

金川千尋社長は、64歳のとき社長になった。決して早いほうではない。新聞記事などで知る社長の言葉は、特別なキャッチフレーズに彩られているわけでもな く、実に淡々としている。ある意味とらえどころがないような印象すらある。金川流経営術には、どんな秘密が隠されているのか。質問の網を広げてインタ ビューに臨むことにした。

インタビュー内容

<丸川>10期連続の最高益更新というのは簡単なことではありませんね。
<金川>それは大変なことです。大変なプレッシャーです。これからも続けようと努力しています。

<丸川>この業績を可能にしたのは?
<金川>例えば今期大きな利益を上げようと思って、いくら一生懸命やっても、それはなかなかできません。やはり最低2〜3年前、それより前から、いろんな投資をしていなければ、急には良くならない。常に現在のことと中長期的なことを 両方考えながら毎日やっています。もうひとつ大事なのは、毎日、毎日の仕事の中に宝があるんですよ。それをちゃんと見なければいけない。それを見える人と 見えない人がいるわけです。私が見えるかどうかは分からないが、それを見て、最高の形で持っていけるよう努力していることが(連続最高益という)結果で しょうね。

<丸川>宝というのは?
<金川>毎日、毎日いろんな事情が変わります。その中に当社の仕事や売り上げの増大、利益を増やすことにつながるものがある。ないのもありますが。それを見抜いて、チャンスを逃さないようにすることが大事です。

<丸川>非常に合理的に経営をされようとしている印象があるが?
<金川>合理的といえば合理的かもしれないが、一言で私の行動は表せないと思いますよ(笑)。

<丸川>実を取る考えというのはアメリカの子会社・シンテックを経営を始めた頃から?
<金川>それは大きいですね。本当に道なきところに道をつけたから。私の中で大きな経験となっている。つまり、「道先案内書」がないんですよ。自分で道先を切り拓きました。30年間やってますが、今のものの考え方、仕事のやり方、 やっていいこと、いけないこと、そういうことの大きな基になっていると思います。

<丸川>一番大きかった失敗は何ですか?
<金川>中米のニカラグアで60年代の終わりから10年間で地元企業との合弁会社を、中米一の企業に育てた。ところが79年の終わり頃、革命が起きたのです。大統領がいなくなって国が滅茶苦茶になった。事業はうまくいっていたが、通貨がスーパーインフレになってしまい、国が滅茶苦茶になった。事業はパーです。それまでに現金収入で上げた利益を送っていたから、投資として帳尻は合ったが、事業は消えてなくなったわけです。

<丸川>10期連続の最高益の達成は常に過去から学んで準備してきた成果と?
<金川>5年連続の時は、「よし、もう1年、もう1年」と。10年になれば、 「できるうちはやろう」と。数年前に伸び率が少なくなった時に、投資家やアナリストから注文が出たから、大きく伸ばしてみようと。それをやり出したのが3年位前で、去年とその前と良くなった。今年も今の予定では2桁で伸びるということですね。

<丸川>日本とアメリカで合わせて2000億円の投資をするが?
<金川>投資というのはお金があるからするのではないのですよ。筋の良い事業で あれば、お金がなければ借金をしてでも事業はすべきものなのです。ただ、どんなにお金があっても筋の悪い仕事はやってはいけないのです。それを判断するのが経営者なんですね。私は強い事業、特に世界トップとか、そういうものをますます強くすることが一番リスクが少ない、一見リスクが大きいようで結果的にリ スクが一番少ないし、成功する確率は高いと思う。それで決定した。

<丸川>お金が余ったから投資をするわけではないと?
<金川>いくらあっても、何千億円あっても私は多いとは思わないし、それを枕にして寝れば安眠できますよ。

<丸川>お金ができるまで投資を待ったわけではないと?
<金川>そうではありません。チャンスがないし、自信が持てない投資はしない。 投資というのはどんな投資でもリスクはある。リスクは踏まざるを得ないリスクと、踏んではいけないリスクがある。踏んじゃいけないリスクはカントリーリスクです。例えば中近東。原料が安い、つまり入りやすいところ、広い門から入るところはカントリーリスクが概して高いところが多い。アメリカみたいに競争が 激しく、狭き門はカントリーリスクが少ないところが多い、結果的に。アメリカの場合は政治経済ともに安定しているし、中近東はいつ何が起きるか分からな い。

<丸川>中国はどうか?
<金川>中国はね、市場としてはこれからの10年、圧倒的に伸びるでしょうね。 非常に魅力的な市場です。我々は製品の輸出には中国に大変お世話になっていて、たくさん輸出しています。ただし、投資とは別のことなのです。中国の場合は カントリーリスクというと語弊があるかもしれないが、例えば我々の商品の基礎中の基礎の原料である石油とか電力を、政府が一番コントロールしている。我々 が下流、ダウンストリームでいくら努力して、事業を成功させても、上流で押さえられたらそれで一発で終わり。つまり、我々の経営努力ではできないものがあ るところではやってはいけない、というのが私の考え方。経営努力で克服できるものは経営努力で克服するが、できないものはやらない。株主にも言うと、多く の、特に長期の投資家は私の意見を理解してくれる。目先、とにかく儲けろと言う人はあまり理解してくれないと思うが。

<丸川>カントリーリスクを考えるスパンはどのくらい?
<金川>最低10年、20年タームでしょうね。例えば自分が社長している時に、 一番良い成績を上げたいと思えば、(カントリーリスクを無視して)一番安いところでバタバタやれば儲かるかもしれないけれども、それは10年というタームで見た場合にはリスクが大きいし、せっかく努力をしても報いられない。カントリーリスクのある国には概して入りやすいです。中近東でも、中国でも「いらっ しゃい、いらっしゃい」でしょ、みんな。だから皆さん行くわけです。「どうぞ」と私は言っている。私は行きません。

<丸川>できないことはやらないと?
<金川>いや、経営努力で克服できること、それはやりますよ。リスクじゃありませんからね。アメリカはものすごい競争だから、比較にならない競争。ぼんやりしていたらすぐ潰れてしまう。しかし、国として契約は守るし、法律で守ってく れているし。しかも、世界最強の軍隊がいますからね。アメリカの企業は守ってもらえる。しかし、(カントリーリスクのある)他の国ではないから、なかなか守ってくれないですよ。それは大きな要素ですよ。

<丸川>無理をしないとか小さくまとまろうということには、、
<金川>いやいや、勝つためには本当に戦いだからね。事業は戦いですよ。これは 昔の果し合いのようなものじゃないけれど、どっちが勝つか負けるかですから。競争相手は皆それぞれの事業でそういうことをやっている。あくまでもフェアに やらなくてはいけない。我々は決して姑息な手段使って勝ったことはないですよ。真正面からやって、相手がだんだん撤退していくわけだから。アメリカで30 年前に塩ビ事業を始めた時は13社あって、弊社は一番ビリっ子。今はダントツのナンバーワン。アメリカは合理的だから、戦ってダメだと思ったらさっさと手 を引いていきます。別に我々が手を下したのではなく、自然に。まだ競争はありますよ。毎日やっているわけですから。

<丸川>勝つためにはできることを何でもすると?
<金川>順位を言うなら大きいものからやる。同じ時間と労力を使うなら、大きなものの方がいいから。小さいことでも大きくなる可能性があること、基本に触れることはいい加減にしてはいけないと思う。

<丸川>基本とは?
<金川>毎日変わるが、例えば我々の製品と同じモノを他社がどこでやろうとして いるのかとか、いろんな情報がある。我々はどうしたらいいのか。これは基本の問題。他社が新しいものを開発したということがあれば、当社はこれでいいのか と。その分野の開発はどうなっているのか。無視してもいいのかどうか。結構考えることはいろいろありますね。

<丸川>日本は変えられると思いますか?
<金川>日本を変えるというのは私なんかの力じゃできませんが、我々にできるこ とは2つある。ひとつは優秀な個人を育てること。優秀というのは独創力のある、研究でも事業でも、いろんなことで独創力のある人が育つこと。もうひとつは 企業としてある分野で世界最強になること。日本には確かに資源がない、軍隊もない、国力も弱いと。ですから、この分野では負けないというものを持つことし か、今の私たちにはできないと思いますね。例えば、東シナ海の石油の問題、韓国との国境問題があっても、うやむやになっている。それは世界政治のひとつの 根本であり、基本的な国力の問題であり、ある意味ではいまの日本ではやむを得ない問題ですよ。しからば、その中で何をすればよいか。それはいま申し上げたことです。

トップの横顔

なぜ10年間も純利益が伸び続けるのか。根掘り葉掘り、聞いても、聞いても、金川社長の答えるペース は変わらない。同じ穴をいくら掘り返しても、出てくるのは行動の破片ばかりで、それが一つに繋がって“経営哲学”に化ける手がかりも見つからない。インタ ビュアーとしては少々焦る状況だ。

言葉があまりにベーシックだから、かえって実体がつかめず混乱する。「毎日、毎日の仕事の中に宝があるのです」。それはそうだろう。いや、天から降ってく る場合もあるか。宝とはなんだろうか、どうやって見つけるのか。「見える人と見えない人がいるわけだ。私が見えるかどうかは分からないが、それを見て、最 高のかたちで持っていけるよう努力している」。まるで禅問答。やっぱり宝物がなんだか分からない。はぐらかされているのか、これが真実の言葉なのか。

いずれにしても、金川社長が、経営者としての基本動作を徹底して日々繰り返していることだけは、間違いない。朝7時に出社して製品市況をチェックする。最 低3紙、朝刊に目を通し、夕刊も読む。現在のことと中長期のことを同時に考える。自信がもてない投資はしない。強いものをより強くする。経営努力で出来る ことはするが、とってはいけないリスクはとらない。同じ時間と労力を使うなら、大きいものからやる。小さいことでも大きくなる可能性があること、基本に触 れることはいい加減にしない。

金川社長が実践しているのは、あまりにも基本的な経営のルールばかりに思える。それなのに私には、分かったようで、分からない。“自信がもてない投資”は どんな投資か?“強いものを強くする”ために、何をすればいいのか?“小さいことでも大きくなる可能性があること”をどうやって見抜くのか。

もう一度聞いてみる。いい加減にしてはならない“基本”とは?「毎日変わるが、例えば我々の製品と同じモノを他社がどこでやろうとしているのかとか、いろ んな情報がある。我々はどうしたらいいのか。これは基本の問題。こういうことが毎日ある。情報に右往左往するのではなく、他社が新しいものを開発したとい うことがあれば、当社はこれでいいのかと。その分野の開発はどうなっているのか。無視してもいいのか。結構考えることはいろいろある。」

情けないが、やはり分からない。いやもしかすると、経営を生業とする人ならば通じる真実が、社長の言葉に在るのかもしれない。ただ私にもいくつか、分かっ たことがある。一つに、金川社長は、大きな時間軸の中でリスクを見極めている、ということだ。例えば借金のリスクは金利変動にある、と結論付けるのに、今 の低金利と二十数年前に20%近かったアメリカの金利を比較する。中国のカントリーリスクを最低でも10年単位で考えるべきだ、と説明するのに、ニカラグ アでの合弁工場立ち上げから10年目に経験した革命のことを例に挙げる。なぜならば、アメリカの金利もニカラグアの革命も、それを実際に経験しているから だ。だからこそ、それをリスクとして認識できる。リスクという敵の姿が見えていれば、社長の「リスクは踏まざるを得ないリスクと、踏んではいけないリスク がある。」という、それだけでは禅問答のような理論も納得できる。

社長の判断の基準は、経験から得られた法則ではなく、巨大に集積した個別の経験そのものではないか。金川社長の越し方を知るにつけ、そんな思いが強くな る。まずもって、金川社長は戦争を体験している。26年に日本統治下の大邱で生まれ、18歳までは京城で過ごした。岡山六高に進学し、空襲も経験してい る。イラク戦争の映像を見て、空襲後の焼け野原を思い出すのだという。若い頃、実体験した戦争という究極の崩壊、その衝撃は我々には想像もつかない。

戦後、東大を卒業して極東物産(現・三井物産)に入社し、12年後信越化学に転職した。その後は海外事業部にて、世界を舞台に活躍。60年代はニカラグア で合弁工場を立ち上げるなど、塩ビ関連で中南米、南米に頻繁に出張した。70年代は毎日のように欧州、アメリカに行った。73年にアメリカで合弁工場を立 ち上げ、3年後に完全子会社化してからは、現在でも直接その経営に携わる。

知れば知るほど、超人的な経験の豊富さだ。凡人である私には理解できないような世界や未来の地図があり、世の中を見通せたとしても不思議ではない。わけが分からなかったのは、それが私には見えていなかったからだ。やっと少し、分かった気がした。

超人的な経験の集積を可能にしたのは、何をおいてもまず体力だろう。金川社長の強靭さは、想像を絶する。市況を見つめながら、リスクの芽を摘み、決断のタ イミングをはかる、この金川流の経営とは、いくつもの視点を頭に置いて、縦に時間軸を、横に世界市場をおいて幅広く目を配る、という基本作業の連続だ。こ れを完璧にやり通すのは、まるで24時間365日、とてつもない緊張を強いられるようなものだ。人並みはずれたタフネスがあってこそ可能になる。

やはり、そのタフネスを抜きにして金川社長を語れない。基本動作を完璧に繰り返す集中力と、大きな器に長い時間かかって様々な経験を詰め込んできた持続 力。それが今の金川社長を作ったならば、金川社長は天才に等しい才能を、後天的に身に付けるだけの力を、備えていたことになる。こういう形の才能もあった とは。はて、自分ならどこまで頑張れるだろうか。そう考えると、巨大な経験の集積にますます圧倒されたような気持ちになった。

(丸川珠代)

記者の目

「強いものをより強く」

上場企業の4分の1が過去最高益を更新する日本経済だが、信越化学はその中でも突出している。2005年3月期は10期連続の最高益更新。しかも、伸び率 は20%。その信越化学の采配を15年にわたって振るってきたのが金川社長だ。刻々と移り変わる市況の分析と先行きを見通す洞察力は、業界だけではなく、 エコノミストからも一目を置かれているという。

金川社長がその経営手腕を最初に見せたのは1970年代。信越化学が世界最大の塩化ビニール市場である米国への進出を狙って、現地法人の子会社・シンテッ クを設立した時のことだ。シンテックの社長に抜擢されるや、徹底した合理化を断行した。その結果、当時米国で13番目の規模に過ぎなかったシンテックは、 世界最大の塩ビ樹脂メーカーにまで成長、現在では信越化学の連結経常利益の4分の1を稼ぎ出している。

米国での成功は低迷を続けていた信越化学にとっても変革の礎となった。国内事業にも波及し、事業の合理化や非効率な経営の刷新につながった。さらに、海外での積極的なM&Aなど、攻めの経営の結果、今日の高い収益力と強固な財務基盤を築き上げた。

昨年末、米国での塩化ビニール樹脂の一貫生産のため、1000億円規模の投資を決断し、業界の注目を集めた。塩化ビニールは信越化学が世界的なシェアを持つ主力商品だ。金川社長は米国での需要はまだ伸びると見積もった上で、「強い事業をますます強くすることが一番リスクが少ない」と力説する。主力商品が汎 用的な素材であるだけに、他社に真似ができない生産能力と製造技術を持たなけれならない。コア事業のさらなる強化こそが成長への原動力であり、最大のリス クヘッジでもあるというわけだ。

一方、多くの日本企業で見られる中国への大型投資には慎重な姿勢を崩さない。金川社長は「中国=カントリーリスク」ではないと断りつつも、政府が原料やエ ネルギーの供給を統制し、国際的な商慣習やルールが未整備であることに憂慮する。むしろ、厳しい競争にさらされ、人件費も高い米国の方が、大型投資をする には遥かにリスクが小さいと断言する。「カントリーリスク」とは「踏んではいけないリスク」、そう訴える言葉には、商社、化学メーカーの社員として、戦後 の世界経済の起伏を常に最前線で味わってきた金川社長ならではの重みと説得力がある。

「我々は決して姑息な手段を使って勝ったことはないですよ。真正面からやって、相手がだんだん撤退していくわけだから。」コア事業の強化という「基本」に 徹して挑戦を続ける信越化学。今後もさらなる成長路線を切り拓くことができるのか。金川社長の采配に今年も注目が集まりそうだ。

(経済部 梶川幸司)


日本経済新聞 2006/2/27

IT景気の行方は
 需要後退の気配見えず 信越化学工業社長 金川千尋氏

 デジタル家電からパソコンまでIT(情報技術)景気の好調を映して半導体市場の拡大が続く。4年周期のシリコンサイクルを乗り越え好況は持続するのか。信越化学工業の金川千尋社長に聞いた。

すそ野が広がる
ーー半導体の主要材料、シリコンウエハーの需要に変化はありますか。
 「きわめて好調だ。韓国、台湾勢を中心に半導体各社が積極的な増産投資に動いている。とりわけ半導体の生産効率を上げられる大型の12インチ(300ミリ)ウエハーの需要が強い。当社では来月も注文量に生産が追いつかない」

ーーシリコンサイクルに伴う後退局面は来るでしようか。
 「半導体市況に波はあるし、後退局面に耐える準備は必要だ。ただ
需要のすそ野が広がった効果から落ち込みは小さくなった。かつてパソコンに依存していたものに携帯電話が加わり、最近ではデジタル家電や自動車向けが増えている」
 「当社の8インチウエハーの需要で見ると2000年10−12月のピークに比べ01年後半は19%減少、02年後半も10%下回った。その後は大きな谷がなく、昨年後半は8月の22%増から12月に28%増と伸びが拡大した。4年サイクルなら04年をピークに後退し始めるはず。世界半導体市場統計(WSTS)の市場規模も04年に28%増えた反動から昨年はゼロ成長か5%程度のマイナスといわれた。それが実際は6.6%拡大し、今年の予想も8%増だ。この先何が起きるか分からないが、現時点で後退の気配はない。

ーー需要拡大でウエハーの原料、多結晶シリコンが不足しています。
 「数年前までの供給過剰で投資が抑えられ、供給が追いついていないためだ。原油高を受けて太陽電池向けの需要が伸びた影響も大きい。しかし増産に大きな支障はないとみられ、値上がりも収束するのではないか」

ーー米国経済、とりわけ住宅市場の動きはIT景気も左右します。建材などに使う塩化ビニール樹脂から見た感触は?
 「1月の住宅着工件数が年率220万戸を上回ったように住宅需要は依然として強い。ハリケーン被害の復興需要も出ている。米国経済にも財政、貿易赤字など不安要素はあるものの、底力を感じる。バブルがはじける前に金利を引き上げ、消費過熱を抑制しようという政策対応は正しい方向に向かっている」

中国の過剰警戒
ーー世界景気の懸念はほかにあると?
 「
中国の設備過剰が悩ましい。塩ビ樹脂を例にとると、中国の年産能力は900万トンともいわれ、需要を上回って設備稼働率は6割程度にとどまっている。鉄鋼などもそうだが、余剰生産分を輸出に振り向ける一方で、国外で石油をはじめとした基礎資源の買収に動いている」
 「日本国内では高額商品も売れている。家電製品などの販売競争は激しいものの、日本だけを見ればデフレ要因はない。しかし中国の作り過ぎにどう対応するかは今後大きな問題となるだろう」

ーー国内景気を失速させないために日本企業は何をすべきでしょうか。
 「
魅力のある新製品を作って消費を喚起させることが重要だ。デジタル家電のような独自商品を開発していく日本の強みを発揮すればいい。消費者はお金を持っているのだから、興味をひく商品を出せば買ってもらえる。消費が上向けば半導体の動きもさらにしっかりしたものになる。あとはバブルを防ぐことだが、金融政策は日銀を信頼して任せればいい」


日本経済新聞 2006/11/29

トップに聞く企業戦略 信越化学工業 金川千尋社長
 半導体ウエハー 増産加速

 信越化学工業の業績拡大が続いている。2007年3月期の連結純利益は前期比30%増の1500億円と12期連続で過去最高を更新する見通し。半導体シリコンウエハーと塩化ビニール樹脂という世界シェア首位の2事業が伸びる。金川千尋社長に戦略を聞いた。

ー 300ミリシリコンウエハーの大幅な能力増強を決めた。
 「1200億円を投じ、月産能力を9月末の70万枚から07年秋には100万枚に高める。今後3カ月程度は需要が供給を上回る状態が続くだろう。他社もかなりの速度で増強しており、07年には多少の需給調整があるのではないか」
 「競合他社のことは別に気にしていない。我々の方が増産ぺースが速く需要を先取りできる。世界のすべての需要家に売っており、販売先の開発・生産・販売の動向も手に取るように分かる。財務も他社より強固だ。ウエハーは需要がある限り無制限に投資を続ける」

ー ウェハー製造設備の償却期間を従来の5年から3年に短縮した。
 「ウエハーは市況の波が激しく、投資額も大きい。早めに費用を負担しておくことで将来のリスクに備える。期間短縮による今期の償却費の増加額は245億円の見込みだ。3年償却は業界でも前代未聞。これで価格競争になっても、とことん戦える」

ー SUMCOによるコマツ電子金属の買収、東芝セラミックスのMBO(経営陣による買収)などウェハー業界でM&A(企業の合併・買収)が相次いでいる。
 「ウエハー会社の買収に興味はない。同業を買収する主目的は商権を得ることだが、今は作れば売れる。他社の古い設備を買っても仕方がない。最新の設備で増産して市場を取ればいい」

ー もう一つの基幹事業の塩ビ樹脂の動向は。
 「主戦場である米国の経営環境は悪い。8月までは良かったが、9月以降、需給が悪化している。米住宅着工戸数は年初に200万戸を超えていたが、10月は148万戸まで減った。かなりひどい落ち込みだ。中国勢の増産のあおりで、アジアの需給も良くない」
 「米国の需給が回復しなければ、米子会社は輸出で補う。中南米、インド、中東に加え、11月からトルコにも出荷を始めた。
来年末には米国で増産設備を稼働させる。売り切るには相当な努力が必要だが、米子会社は最高益となる今期並みの業績を来期も確保したい」

ー 手元流動性は5千億円規模に達している。
 「資金がありすぎるということはない。1兆円でも多くないと思う。ウエハーはちょっと能力を増やすだけでも1千億円の資金が必要になる。市況が悪くなれば利益も急減するし、本来は金のたまりにくいビジネスだ。研究開発にも毎年大きな
投資をしている」

ー 今期予想べースの連結配当性向は14%強と、市場平均の20%強に比べ低い。
 「今期の配当は前期比15円増の50円にするのだから十分では。配当性向を持ち出すのは経営を知らない人だ。年に3−4割も値段が下がる製品を扱いながら安定配当を続けている。業績が悪化したときには配当を減らせばいいといわれるが、それでは株主に迷惑をかけてしまう。来期も2ケタ増益に向けて努力する。増配も考慮するが約束はできない」