日本経済新聞 2009/8/11-

三菱ケミ、レイヨンを買収
大連合で世界に対抗 「総合化」捨て、高機能路線

総合化学首位の三菱ケミカルホールディングスが合繊大手の三菱レイヨンの買収に動き出した。三井東圧化学と三井石油化学の合併による三井化学の誕生以来13年ぶりとなる大型再編へ両社と突き動かしたのは、経済危機と中東・中国勢の台頭による世界の勢力図の変化だ。欧米勢に比べ周回遅れだった国内化学業界の再編第2幕が上がる。

「元は同じ会社」
 「元は同じ会社。一緒にやっていきましょう」。昨春、三菱ケミカルの小林喜光社長と三菱レイヨンの鎌原正直社長は協議を始めた。
 財閥解体で分散した三菱系の素材各社を合同する「大三菱化学」構想は古くからある。再編第1幕の時期の94年、三菱化成と三菱油化の合併(現三菱化学)だ。当時も三菱レイヨンや三菱ガス化学を統合に巻き込む構想があった。基礎原料から繊維まで手掛ける総合化学の雄、米デュポンを手本に「東洋のデュポン」を目指した。
 だが今回の三菱ケミカルによる三菱レイヨン買収は、単なる「復古」ではない。かつての大三菱化学構想は「総合化」を進める戦略だった。今は時代が1回転し、総合化学の象徴だったデュポンも石化事業を縮小、バイオ企業に転身した。
 三菱ケミカルもこれに倣い、三菱レイヨンの炭素繊維など高機能素材を取り込む一方で、汎用樹脂事業からの撤退を決めた。三菱レイヨンも創業以来の衣料用繊維事業のリストラを加速するなど、事業の入れ替えを急いでいる。
 両社の統合を後押しする背景の一つは、今年5月の三菱レイヨンによる英ルーサイト・インターナショナル買収だ。自社の時価総額を上回る約1600億円の買収金額で財務体質が悪化。三菱レイヨンは中東でアクリル樹脂原料工場の建設計画を決めたが、7日の経営説明会では「500億円超とみられる投資に伴う資金調達はどうするか」という質問が相次いだ。

合理化どう加速
 
 野村証券の西村修一アナリストは「双方にメリットが大きい。三菱ケミカルが欧米大手との国際競争に伍していく第一歩」と評価した。ただ、日興シティグループ証券の金井孝男アナリストは「三菱レイヨンが強いアクリル樹脂事業は石油化学品の市況変動を受けやすく、今回の再編は一長一短。TOB(株式公開買い付け)の価格と両社の合理化の動向を見極めたい」と指摘している。市場にはこうした慎重な見方もあるが、小林社長は「世界トップ5に入りたい」と意気込む。新次元の「大三菱化学」構想に続きはあるのか。次の一手に注目が集まる。

日本勢、収益力で見劣り
 今回の再編の背景にあるのは、日本の化学メーカーの収益力の低さだ。事業資産の運用効率も海外勢に遠く及ばない。米化学大手デュポンを見れば、その違いは明らかだ。売上高や自己資本は三菱ケミカルホールディングスとほぼ同じだが、資産を効率良く使って利益を上げているかを示す総資産営業利益率(ROA)は6.6%と、三菱ケミカル(0.3%)を大きく引き離す。
 その差は、成長分野をどれだけ抱えているかによる。デュポンの代表的な成長分野は農業部門。食糧の生産性を高める遺伝子組み換え種子などが好調で、同部門のROAは08年度で20%程度だったもよう。資産の大きさだけが目立つ伝統的な石油化学が重荷の三菱ケミカルとは対照的だ。そこで、三菱ケミカルの小林喜光社長が成長分野として着目したのは、三菱レイヨンのアクリル樹脂原料や炭素繊維だ。
 ただ、日本勢は中東・中国の大手から汎用石化製品で価格攻勢も受けている。M&A(合併・買収)で高機能化を進める独BASFや米ダウ・ケミカルなど欧米大手と、中国など新興国大手とのはざまで、日本勢は厳しい競争を強いられる。
 株式時価総額でも、海外勢と肩を並べるのは信越化学工業(約2兆2000億円)くらいだ。総合化学は最大が住友化学の約7700億円で、買収されるリスクと隣り合わせでもある。中国石化最大手の中国石油化工(シノペック)なども巻き込んだ国際レベルの再編が起きる可能性もある。
 日本勢が国際競争を勝ち抜くには、大胆で素早い事業の入れ替えが一段と必要になる。