毎日新聞 2005/3/5

巨大エネルギー企業誕生へ プーチン大統領 天然ガスと石油採掘で資源握り足固め

 世界最大の天然ガス企業でロシアの準国営「ガスプロム」が2日、国営石油会社「ロスネフチ」の吸収台併を発表し、一大エネルギー企業が今年中にも誕生する。新会社の経営権はロシア政府が握り、プーチン政権の資源管理強化の総仕上げとなる。だが、欧米では、こうした権カ集中への懸念が強い。ロシアの民主化問題と並び、資源を巡って欧米とロシアの東西摩擦が先鋭化する危険もある。

 

 合併方針は、プーチン大統領の発案だ。ガスプロムは、世界のガス埋蔵量の25%を占め、東欧・旧ソ連圏のガス消費量の8割を供給する。これに石油生産を加え、強力な国策エネルギー会社をつくる狙いだ。ワシントンの資源開発コンサルタント、ウエスト氏は英フィナンシャル・タイムズ紙への寄稿文で「(合併後の)体制は、かつての軍事力に代わる力と国威の源となる」と述べた。
 合併後は、ガスプロム株の国外投資家の取引も自由化される見通しだ。ロシアは、北西部・バレンツ海のガス田開発(事業費100億〜250億ドル)など巨大事業を計画しており、新生ガスプロムヘの投資促進を狙っている。ロスネフチは、サハリン大陸棚開発プロジェクト「
サハリン1」で日米企業と共同体を組んでおり、新生ガスプロムが同事業への発言力を強める可能性がある。日本が支持する「太平洋石油パイプライン」計画への積極関与も想定され、日本も無関係ではない。

「市場経済に逆行」欧米は批判
 だが、ロシアのエネルギー再編には、欧米が懸念を表明してきた。発端は、脱税を理由とするロシア石油大手ユコスのホドルコフスキー社長の逮捕(03年10月)と、その後のユコス解体だ。事件は、野党支援を公言した同氏に対する政権強権派による制裁とみられ、「市場経済からの逆行」との批判を呼んだ。 
ロシアは04年1月、エクソンモービルなど米企業が93年に落札していたサハリン大陸棚資源開発計画「サハリン3」の石油採掘権を突然、はく奪し、当局の裁量主義拡大を印象付けた。
 先月24日、スロバキアで開かれた米露首脳会談で、ブッシュ米大統領は、資源問題についてプーチン大統領に懸念を表明した模様だ。両大統領の共同声明で、米側は「(ロシアで)透明な税制、法律、許認可の環境整備を進める」との文言を盛り込みクギを刺した。
 ロシアの石油生産は03年、過去最高の前年比11%増だったが、ユコス事件の影響などから、国際エネルギー機関は05年の伸びを3.8%と予測。前出のウエスト氏は「08年で頭打ちになる」可能性すら指摘、管理行き過ぎに警鐘を鳴らした。

「リベラル」と治安機関出身者 双方の派閥に配慮
 今回の合併では、ロスネフチが昨年12月に競売で落札したユコスの主要子会社「ユガンスクネフチガス」の扱いが焦点となった。ユガンスクは、年間5200万ドルの石油を生産する優良企業で、新生ガスプロムの石油部門を強化する上で欠かせない存在。だが、今回ガスプロムは直接吸収せず、独立した国営企業として一定の距離を置く。背景には、プーチン政権内の派閥対立が指摘されている。
 関係者によると、ガスプロムは、ユコス解体が欧米で批判にさらされたことなどから、ユガンスク吸収に難色を示した。特に、政権内で、比較的「リベラル」とされる派閥の代表格で、ガスプロム取締役会長を務めるメドベージェフ大統領府長官の意向があった模様だ。メドベージェフ氏は、大統領と同じサンクトペテルブルク出身で、00年の大統領選挙でプーチン陣営参謀を務めた大統領の側近だ。
 一方、プーチン大統領のもう一人の側近で、ユコス事件を主導したとされるセチン大統領府副長官がユガンスクの取締役会長に就任するとの情報もある。セチン氏は、軍や旧国家保安委員会(KGB)など「シロビキ」(治安機関出身者)の代表格で、ロスネフチの取締役会長も務める。
 ユガンスクのガスプロムからの分離とセチン氏を送り込む解決案は、両派閥のいずれも立てる妥協策とみられる。
 プーチン大統領は、カシャノフ首相の解任(04年2月)を最後に前政権の居残り組を政権内から完全に追放し、その後は、自分に近い「リベラル」「ソロビキ」両派のバランスの上に立ってきた。「今回の合併でも、双方を対等に配置して君臨したいプーチン大統領の意図があった」(政治アナリスト)との見方が強い。


増産への期待や経済復活で自信  十市勉・日本エネルギー経済研究所常務理事
 プーチン政権の石油・ガスの吸収・合併戦略で、「再国有化」に大きく舵を切っているとも言える。(解体されている)ユコスはクレムリンの意向に関係なく、米エクソンモービルや米コノコの出資を受ける方向で話を進めていたが、バッサリと切られた。鮮明な外資排除で、国際社会から見れば自由・民主機能の後退だ。それでも、プーチンは各国からの批判をはねつけている。
 背後には、北海油田や米アラスカ油田が先細りのなか、増産が期待されるのは中東とロシアしかないことがある。結果的にロシアは、石油輸出国機構(OPEC)との連携も強めている。また、油価上昇でロシア経済も復活してきており、国内で政治的に支持され、自信を深めていることが大きい。