日本経済新聞 2007/11/21

ヒトの皮膚から万能細胞 本格的な再生医療に道 京大など成功

 京都大学の山中伸弥教授らは、神経や筋肉など体の様々な細胞や組織に育つ新型の「万能細胞」を、人の皮膚の細胞から作ることに世界で初めて成功した。すでにマウスの細胞でも同様の細胞を作っていたが、人の細胞で成功したことによって、患者本人の細胞から拒絶反応の起きない移植用組織を作れる可能性が出てきた。次世代医療である再生医療の本格的な実現につながる成果だ。
 科学技術振興機構との共同研究。米科学誌セル(電子版)に21日、論文を発表する。
 作製したのは「iPS細胞」。山中教授らは昨年、マウスの細胞でiPS細胞を作製。人の細胞でも作れるか世界の研究者が注目していた。成人の皮膚細胞に4種類の遺伝子を組み込み、約1カ月培養するとiPS細胞ができた。その後、神経や筋肉、肝臓など約10種類の細胞に成長。パーキンソン病や糖尿病など様々な病気の治療に役立つ移植用組織を作り出せる可能性がある。
 一方、米ウィスコンシン大学も人の皮膚細胞に特殊な遺伝子を組み込み、同様の万能細胞を開発することに成功。21日付の別の科学誌に発表する予定だ。

▼万能細胞
 体のあらゆる細胞や組織へと成長する能力を持つ細胞。代表格は胚性幹細胞(ES細胞)で、受精卵から成長前の細胞を採り出して作る。人では1998年に米大学が初めて作製。同じ遺伝子を持つ生物を作り出すクローン技術を使いES細胞を作る方法もあるが、入手の難しい卵子が必要。

▼再生医療
 様々な細胞に成長する特殊な細胞を培養して移植用の組織を作り、病気やけがを治す先端医療。培養する細胞としては、骨髄などに含まれる細胞を利用する場合と、万能細胞を使う場合がある。骨髄などに含まれる細胞を利用するタイプは心臓病患者などへの臨床応用が大学病院を中心に始まっている。

新型万能細胞 拒絶反応ない移植へ前進 研究ルール・安全面に課題

 京都大学の山中伸弥教授らがこれまでにない画期的な新型万能細胞を開発した。患者から細胞を採取してこの万能細胞を作り、さらに移植用の組織を作製すれば移植しても拒絶反応が発生しないことになる。新薬開発にも応用可能。だが、作製方法などを改良し安全性の向上やコスト低減に努める必要があるほか、乱用を防ぐ研究ルールの整備など、実用化までには克服すべき課題が多い。

iPS細胞の作製から利用までの流れ

@患者の皮膚細胞を採取
A4遺伝子を導入
B1ヶ月培養し、iPS細胞ができる
C様々な移植用組織(神経、肝臓、骨など)に
D患者へ移植

 再生医療は世界的に注目されている先端医療で、万能細胞のような医療材料が必要。だが、万能細胞はまだ研究段階だ。現時点で有力なのは「胚性幹細胞(ES細胞)」。様々な細胞や組織に成長する能力を持つが、生命の萌芽である受精卵を壊さないと作れない。
 このため、生命倫理面の反発が根強く、米ブッシュ大統領は連邦予算を使った研究を制限している。日本でも研究に文部科学省による事前審査が必要となるなど、厳しい規制がある。
 同じ遺伝子を持つ生物を多数作り出すことのできるクローン技術を利用して作った「クローンES細胞」も有力視されていたが、研究の世界最先端を走っていたと思われたソウル大学チームの成果が捏造と判明。人の細胞を使ったクローンES細胞はまだ成功していない。
 一方、京大チームの「iPS細胞」は皮膚など患者の体細胞から作製することが可能。受精卵などを使わないので研究者の間ではES細胞などよりも倫理上のハードルが低いと考えられている。
 昨年・京大チームがマウスの細胞でiPS細胞の作製に成功して以来、世界の研究者が人の細胞での成功を目指してしのぎを削っていた。京太チームの今回の成功によって、今後の再生医療の研究は世界的にiPS細胞を中心に展開していくとの見方が強まっている。
 だが、iPS細胞を患者の治療に使うには課題がある。技術的な課題は作成方法の改良だ。京大チームは4種類の遺伝子を組み込む際にウイルスを使ったが、これががんの原因になる可能性がある。組み込んだ遺伝子の1種類も発がんとの関連が指摘されている。
 患者ごとにiPS細胞を作るのにも現段階ではコストと時間がかかる。山中教授はiPS細胞をもとに多様な遺伝子タイプの細胞や移植用組織を作ってそろえておくバンク構想を提案している。
 また、国が研究ルールを早急に整備する必要がある。iPS細胞からは精子や卵子も作ることが理論的に可能だ。無精子症など不妊患者を対象とする生殖補助医療への可能性が広がる半面、人為的な生命の誕生にもつながりかねず、新たな倫理問題となる可能性もはらんでいる。
 iPS細胞の研究に国のルール作りが追いついていないのが現状だ。万能細胞の研究に取り組んでいる理化学研究所の丹羽仁史チームリーダーは「ES細胞のようなルールがiPS細胞ではまだ存在しない。ルール作りのための議論を早く始めるべきだ」と話している。


日本経済新聞 2007/11/23

山中京大教授に聞く 数年内に医療現場応用も 国が研究ルール作りを

 京都大学の山中伸弥教授らが神経や筋肉など体のあらゆる生体組織や様々な臓器に成長する能力を持つ万能細胞の新タイプ「iPS細胞」を人の皮膚細胞から作ることに成功したことで、最先端の治療法である再生医療など様々な応用への可能性が高まった。「数年以内」に医療現場で役立てたいという山中教授に今後の見通しなどを聞いた。

ー iPS研究の次の課題は何か。
 「iPSを使って生まれたマウスの約2割でがんが見つかっており、がん化を防ぐ研究に取り組み始めている。遺伝子導入に使うウイルスががん化を誘導するのが分かっており、別タイプヘの置き換えが必要。これが実現できれば大きな進歩だ。(従来の)ES細胞との比較も重要。我々はESの研究がしやすい米国にも研究拠点を設けている。世界的な競争の中にあり、高い研究スピードが求められている」

ー 米ウィスコンシン大学もほぼ同時に別の科学誌で発表した。
 「(昨年の)マウスのiPS細胞作製以来、世界中の研究者がこのテーマに取り組んでおり、どこが最初に報告してもおかしくなかった。ほぼ同時になったが、一番乗りできて非常によかった」

ー なぜiPS細胞研究が過熱するのか。
 「ES細胞に置き換わる可能性が高いからだ。iPSは体細胞(成長済みの細胞)だけから作れるので社会的に受け入れられやすい。患者から皮膚細胞を採り、肝臓や神経に成長させる治療法などが期待できるほか、不妊症の治療にもつながる。例えば無精子症の男性の皮膚から精子を作ることが可能とみている」

ー 倫理面の規制についてはどう考えるか。
 「国で適正なルール作りを早急に検討すべきだ。iPS技術を使えば男性から卵子、女性から精子を作るのも可能。しかし非常に複雑な話になるので一定の枠をはめた方がよいだろう。ただ、iPS細胞は医療現場に役立てるためにわざわざ人工的に作ったものなので、臨床に生かさないと意味がない。過度の規制はよくないと考えている」

ー iPS技術を日本が押さえたことになるか。
 「開発した基本技術などはもちろん特許出願しているが、どこまで権利が認められるかは現時点では分からない。米国勢などは権利を狭めようと様々な主張をしてくるはずだ」

ー クローン羊ドリーを作った英著名研究者がヒトクローン胚研究を断念するようだが。
 「我々の論文の話を事前に聞いて判断したのかもしれない」

主な万能細胞の比較
  iPS細胞 ES細胞 クローンES細胞*
もとになる細胞 皮膚など体細胞 受精卵 体細胞と卵子
マウスでの実験  ○  ○  ○
ヒトでの実験  ○(今回初成功)  ○  X
拒絶反応の有無 なし あり なし
課題 発癌など安全性確保 受精卵を壊す クローン人間につながる
* ヒトの体の細胞(体細胞)を、核を抜き取った卵子に注入して胚を作った後、それから幹細胞を抽出




難病の解明や新薬にも期待
 iPS細胞の再生医療での臨床応用を山中教授は「数年以内」とみているが、期待されるのはこの分野だけではない。病気のメカニズム解明や新薬の開発、副作用の検証などにも役立つ。
 万能細胞を新薬開発に応用するアイデア自体は以前からある。新薬開発は膨大な数の候補物質の中から効き目が高くて副作用の少ない物質を見つけ出す作業が必要。動物実験や人での臨床試験に着手する前に、万能細胞から作った人体組織で検証して候補物質を絞り込めば、薬の開発コストや時間を大幅に削減することができる。
 日本ではアステラス製薬や田辺三菱製薬などの研究者が参加して組織する特定非営利活動法人の幹細胞創薬研究所(京都市)が、ES細胞を使った研究をすでに開始。英国でもグラクソスミスクラインやアストラゼネカ、スイスのロシュなどが参加する大型プロジェクトが始まっている。
 一方、iPS細胞ではこれからだが、ES細胞と違い、患者と同じ遺伝子の組織や臓器を作れる利点がある。薬の実験材料としては理想で、これまで打つ手のなかった難病の治療薬開発やメカニズム解明を後押しする効果が期待される。投薬する前に、患者のiPS細胞から組織を作り副作用を検証するなどの使い方も考えられている。

新型万能細胞、なぜ注目? 倫理・拒絶反応、解決に道

 iPS細胞や万能細胞がなぜ注目されるのかなどをまとめた。

Q 万能細胞はどのように役立つのか。
A 例えば、万能細胞で心臓の筋肉の細胞を作って患者に移植すれば、心臓病を治療できる可能性がある。日本では移植用の臓器が慢性的に不足しているが、万能細胞から自在に作れるようになれば、臓器の提供を受けなくても済む。また治療法がなかった脊髄損傷なども治せるようになると期待される。

Q 新型のiPS細胞と従来型のES細胞はどう違うのか。
A ES細胞は受精卵を壊して作る。キリスト教では受精の瞬間を「生命の誕生」としており、生命倫理の立場から反発がある。さらに不妊治療で余った他人の受精卵を使って作るため、移植後の免疫の拒絶反応が避けられない課題もあった。患者自身の皮膚から作るiPS細胞なら、どちらの課題も解決できる。

Q クローンES細胞というのもよく聞く。
A 同じ遺伝子の生物を複製して生み出すクローン技術をES細胞に応用したもののこと。患者と同じ遺伝子のES細胞が作れるため、拒絶反応の問題は解決できる。ただ、この技術はクローン人間の誕生にもつながりかねない。第三者の女性から大量の卵子の提供を受ける必要もある。

Q 米ウィスコンシン大学も成功したが、京大のと比べどちらが優れているのか。
A 作り方に違いがあり、成果は一長一短といえる。山中教授は成人の皮膚細胞を使ったのに対し、米国のグループは胎児や小児の皮膚細胞を利用した。子供の細胞からは万能細胞を比較的作りやすいためハードルは低く、応用も限られてしまう。この点では山中教授らがリードしている。
 ただ山中教授らがiPS細胞を作るために皮膚細胞に導入した遺伝子の一つは発がんに関連するといわれる。米国のグループはこれを使っておらず、安全性では優れる。もっとも双方とも遺伝子導入時に発がんの可能性のあるウイルスを使用しており、この点はともに改良の余地がある。
 米国の事情に詳しい国立成育医療センターの阿久津英憲室長は「ハーバード大学やマサチューセッツ工科大なども、すでに異なる手法でヒトiPS細胞の作製に成功している」と明かす。成果が論文として発表されるまでには検証に時間がかかるが、今後、より優れた作製手法の発表が相次ぐかもしれない。

Q iPS細胞の研究にルールはないのか。
A 現時点で明確なルールはない。岸田文雄科学技術担当相は22日、一定のルールが必要との認識を示した。受精卵などを壊すわけではないので反発も小さいとみられ、文部科学省の審議会で万能細胞の研究ルール作りに携わる理化学研究所の豊島久真男・研究顧問は個人的意見として「ヒトES細胞のような厳しい規制は必要ないだろう」と話す。
 ただ同じiPS細胞から精子と卵子を作り、受精させて人為的な生命を作り出すなどという生余倫理上の懸念があり、豊島氏もこの点に「議論が必要」とみる。
 iPS細胞から作った精子や卵子を生殖補助医療に使う際にも何らかのルール作りが必要となりそうだ。


毎日新聞 2007/12/7

万能細胞で貧血治療 米研究チーム マウスで成功 再生医療実現へ前進

 貧血症のマウスの皮膚細胞から作った万能細胞「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を使い、貧血症を治療することに、米国の研究チームが成功した。6日の米科学誌「サイエンス」電子版に発表した。iPS細胞を使い、動物の病気の治療に成功したのは世界で初めて。すでに京都大などのチームがヒトの皮膚細胞からiPS細胞を作ることに成功しており、再生医療の実現へまた一歩前進したといえる。
 米マサチューセッツ工科大などの研究チームは、遺伝性の重度の貧血「鎌状赤血球貧血症」のマウスの尾から皮膚細胞を採取。京都大のチームと同じ4つの遺伝子を導入して、さまざまな細胞に分化する能力のあるiPS細胞を作った。4つの遺伝子のうち一つはがん遺伝子だったが、ウイルスを使って特殊な酵素をiPS細胞に導入し、この遺伝子を取り除いた。
 次に、iPS細胞の中にある貧血の原因遺伝子を健康な遺伝子に組み換え、赤血球や白血球など血液のさまざまな細胞を作り出す元となる造血幹細胞に分化させた。
 この造血幹細胞を、細胞を採取したマウス3匹の尾の静脈に注射したところ、体内で健康な血液を作り始め、約3ヵ月後には血液中の成分が大幅に改善した。
 研究チームは「さまざまな細胞に分化できる能力を持たせるための遺伝子の導入や、iPS細胞になってからの遺伝子組み換えなどは、がんを含む副作用を引き起こす可能性がある。ヒトに応用するには、これらの問題を解決し、安全な方法を開発する必要がある」としている。
 ヒトiPS細胞の作成に成功した山中伸弥・京都大教授は「iPS細胞を患者自身の細胞から作り、遺伝子の異常を修復し、必要な細胞を分化させ、同じ患者に戻して治療するという、理想とする治療が実現できることを、マウスを使って示した重要な研究だ」と話している。


毎日新聞 2008/4/7〜 

新万能細胞iPSの真価
 ヤマナカ 世界動かす 「壁かもしれないところをたたき、新しいドア認めた」

 人工多能性幹細胞(iPS細胞)を人の治療につなげようという競争は、06年初夏に始まった。山中伸弥・京都大教授がカナダで開かれた国際学会で、マウスの皮膚からiPS細胞を作ったと発表したからだ。世界有数の幹細胞研究の拠点、米ハーバード大にも大波が打ち寄せた。
 「あのころは、エレベーターでも『ヤマナカ、ヤマナカ』と持ちきりだった。だれも思いつかない方法で教科書を書き換える成果を上げたのだから」。同大で幹細胞を使った腎臓病の解明に取り組む長船健二さん(37)は語る。
 それから2年、同大幹細胞研究所は患者自身のiPS細胞を既に作成した。同研究所でiPS細胞研究に取り組むコンラッド・ホッケドリンガー准教授は「難病の治療や解明に役立つノーベル賞級の成果に、米国の多くの研究者がいや応なく巻き込まれた」と話す。

 iPS細胞に反応したのは研究者だけではない。米ホワイトハウスは07年11月、ヒトiPS細胞作成が発表された当日に「倫理的な研究の前進に大変喜んでいる」と異例の声明を出した。ブッシュ大統領は今年1月の一般教書演説で「医学の未開拓だった分野へと広がっていく。資金援助したい」と踏み込んだ。ローマ法王庁(バチカン)も「人(受精卵)を殺さず、多くの病気を治すことにつながる重要な発見」と評価した。いずれも受精卵を壊して作る従来の「胚性幹細胞(ES細胞)」研究に反対していた。
 政治、宗教にも対応を迫る科学の発見。ハーバード大幹細胞研究所を率いるダグラス・メルトン教授は「大胆な実験によって得られた近年では非常に重要な成果。ヤマナカは壁かもしれないところをたたいて回り、新しいドアを見つけた」と評価。米タイム誌で昨年、「世界に影響を与える100人」に選ばれた世界的な幹細胞研究者は称賛を惜しまない。

 同大の幹細胞研究所を歩くと「アジア系、ヒスパニック系などさまざまな人種の研究者と出会う。
患者自身のiPS細胞を作ったチャド・コーワン准教授は「欧州の友人もiPS細胞研究を始めたという。従来の幹細胞に比べ大幅に扱いやすいので、世界中の大学で、この技術を教え始めるだろう」と話す。iPS細胞は特別な研究者、機関でなければできなかった研究の敷居を下げた。この分野の研究が、世界各地で進展することを意味する。
 米カリフォルニア州は今後10年で幹細胞研究に約3000億円を支援する。山中教授と同時にヒトiPS細胞作成に関する論文を発表した米ウィスコンシン大のジェームズ・トムソン教授は昨年末、米紙に「iPS細胞はすべてを変えたが、これだけで難病治療が成功するとは限らない。選択肢が出てきた今こそ、ES細胞などの研究を進めることが必要だ」との文章を寄せた。
 米国だけでも、iPS細胞だけでもない。新万能細胞の登場をきっかけに、世界が大きくうねり始めた。

 皮膚細胞に数個の遺伝子を入れるだけで、さまざまな組織に成長するiPS細胞。世界と日本における研究の最前線、臨床応用に向けての課題など、新万能細胞をめぐる現状を展望する。

2008/4/7 毎日新聞

iPS細胞 難病患者皮膚から作成 ハーバード大が成功
 
 さまざまな細胞や組織になる能力を持つ「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」の技術を使い、米ハーバード大幹細胞研究所が、難病に苦しむ患者から皮膚の提供を受け、患者自身のiPS細胞作成に成功したことが明らかになった。同研究所は神経疾患や糖尿病、肥満症など、さまざまな病気の患者から細胞の提供を受け、治療に向けた研究に活用するiPS細胞の「データベース」作りを検討している。
 成功したのは、同大のチャド・コーワン准教授らのチーム。遺伝子異常によって重度の高尿酸血症などを起こす「レッシュ・ナイハン症候群」という難病の患者1人から提供を受けたという。
 コーワン准教授らは今後、心臓病や糖尿病を合併している肥満症患者、他の病気を持っていないとみられる肥満症患者ら、さまざまなタイプの患者から皮膚細胞の提供を受ける予定という。コーワン准教授は「今後5年間で、数百人から細胞提供を受けたい」と話している。
 同研究所は主に患者のiPS細胞を、病気が起きる仕組みの解明や新薬開発に利用することを目指している。地域の病院を通じ、患者に提供を呼び掛けている。日本では3月、iPS細胞の生みの親である山中伸弥・京都大教授らが、筋ジストロフィーや糖尿病など十数種類の病気について、患者の細胞を使ったiPS細胞作成を目指す研究計画を倫理委員会へ申請する方針を明らかにしている。

「ゲノムの失敗」教訓 スピード支援 異例のジャパン総力戦

 人工多能性幹細胞(iPS細胞)をヒトの皮膚から作ったという山中伸弥・京都大教授らの発表(昨年11月)から2週間後、文部科学省の徳永保・研究振興局長は財務省で担当主計官と向かい合っていた。「国展の期待が高まっている。何とか上積みしてほしい」
 iPS細胞は再生医療を大きく前進させる可能性を秘めている。08年度予算の財務省原案内示まであと10日あまりとなった大詰めの時期。徳永局長は再生医療研究支援の概算要求額(15億円)の増額を求め、大臣折衝を経て20億円が予算化された。「30年以上役人をやっているが、財務省査定で予算が増えたのは記憶にない」と振り返る。

 日本の科学技術政策に携わる者にとって、苦い思い出がある。「ヒトゲノム(全遺伝情報)解読計画」だ。DNAに記録されたヒトの全遺伝情報を機械で読み取る構想は、日本の研究者が提案した。だが、国としての支援が遅れた結果、米国企業が読み取り装置を先行して開発、日本の貢献度は6%にとどまった。「独創のタネはあっても、育てるのが下手」。日本に押された烙印だ。
 それに引き換え、iPS細胞を巡る政府の対応は「異例の早さ」といえる。ヒトでの作成発表からわずか1カ月で文科省は総合戦略をまとめ、今後5年間で100億円の支出を決めた。基礎研究と距離を置く厚生労働省、経済産業省も支援策を決定、「オールジャパン」態勢を整えた。さらに希望する研究者に実費でマウスiPS細胞を分配する事業もいち早く始めた。
 政府の支援策を検討した昨年12月の総合科学技術会議の前日、議長の福田康夫首相も「支援策の説明を非常に熱心にに聞いていた」(内閣府幹部)という。誰も異論をはさめない「突出した成果」に加え、「世界と競争しているという構図が理解しやすかった」(再生、医療に詳しい須田年生・慶応大医学部教授)。

 「異例」は、これだけではない。日本では胚性幹細胞(ES細胞)研究指針で、ES細胞の利用に国と研究機関の二重審査など厳しい規制をかけている。「受精卵を壊す」という倫理問題に慎重に対応するためだ。だが、総合科学技術会議はiPS細胞研究を進めるためにES細胞研究は欠かせないとし、審査の簡略化を求めた。「長年の議論を簡単に覆してよいのか」。官僚の間には戸惑いもある。
 一方、拒絶反応が起きない再生医療の細胞作りに有望とされていたクローン技術などで、研究費打ち切りという事態も起きている。「全体のパイはあまり変わらない。iPSに流れただけだ」と嘆く研究者さえいる。
 世界との競争を背景に、iPS細胞研究は「錦の御旗」になりつつある。山中教授は「科学的な研究で、日本の独り勝ちはあり得ない。必要なのは、すべての患者に役立つ治療につながる成果をいち早く出すこと」と語る。過去の失敗を教訓に、日本の生命科学研究は飛躍できるのか。その岐路に立っている。

iPS細胞研究への国の支援策
 文科省は研究の中核として京都大の「iPS細胞研究センター」や東京大、慶応大、理化学研究所を拠点に選定し約10億円を投入。若手研究者育成なども行う。厚労省はiPS細胞を使った医療の実現に向けた安全基準作り、経産省は産業創出や特許管理支援などに取り組む予定だ。

「まねでない、人のやらあいことをやる」 夢のテーマ 若手が挑む

 「先生、はえています!」。05年夏、山中伸弥・京都大教授(45)の部屋に、当時、博士号を取得したばかりの高橋和利さん(30)=現助教=が駆け込んだ。顕微鏡をのぞくと、元のマウスの皮膚細胞とは似ても似つかない丸い細胞の塊が見えた。世界初の人工多能性幹細胞(iPS細胞)が誕生した瞬間だった。
 高橋さんらは、皮膚や臓器などに成長した体細胞に「何か」を入れることで受精卵のようにさまざまな組織に育つ万能細胞を作ることを目指していた。砂漠から一粒の砂を見つけるような途方もない計画だったが、候補の遺伝子は24種に絞り込まれ、これらを一つずつ試すことになった。
 このとき実験の容器が余り、「せっかくだから」とすべてを入れたところ、これだけが塊になった。再実験でも同じ結果。その中に「何か」である4つの遺伝子があったのだ。
 「うまくいく可能性はほとんどない。その代わり、失敗しても面倒見たるよ」。実験を始める前、山中教授にこう言われた。高橋さんは同志社大工学部出身、一から生物学に取り組んだ。この言葉を励みに夢中でやった結果だった。
 リンパ球などの体細胞と胚性幹細胞(ES細胞)を融合させる方法で万能細胞作りを目指す京都大の多田高・准教授は「山中さんらの方法は遠い道だと思ってやらなかった。だから、すごいって感動している」。

 山中教授は神戸大医学部を出てすぐ、整形外科医になった。難病患者と向き合い「この病気を治すには基礎研究が必要」と考え、大学院で薬理学を専攻。米国留学では一流科学誌に論文も掲載されたが、96年に帰国すると、研究だけに没頭できる米国の研究環境との落差に「臨床医に戻ろう」と思い詰めた。
 転機は99年12月、奈良先端科学技術大学院大に助教授として研究室を持ったことだ。新参の山中研究室は学生を集めるため、受精卵を使わずES細胞のような万能細胞を作るという「夢のある大テーマ」を掲げた。そこに、高橋さんら3人の大学院生が集まり「人のまねではない、人がやらないことをやる」(山中教授)という挑戦が始まった。

 山中教授は03年度の科学技術振興機構の研究資金に応募した。面接した岸本忠三・大阪大元学長は「うまくいくはずがないと思ったが、この若い研究者の迫力に感心した。研究には壮大な無駄があっていい。そこから思いがけないものが出てくるものだ」と話す。
 岸本さんの言葉通り、研究は失敗の連続。あきらめかけたこともあったという。山中教授は「米国から戻ったときと違うのは一人じゃなかったこと。若い学生さんやスタッフがいた。だから続けられた」と打ち明ける。
 研究室のメンバーを引き連れて京都大へ移ったのは05年4月。そこから一気に24遺伝子を4遺伝子に絞り、06年夏、世界を驚かせる論文を発表した。
 再生医療や創薬などの実用化に注目が集まるiPS細胞研究。その発見は、日本の科学技術を支える「原石たち」の、向こう見ずともいえる果敢な挑戦から生まれた。

大学の特許収入ー米は1498億円 日本5億円
  知財ビジネス出遅れ

 3月下旬、経済産業省で非公開の会合が開かれた。「人工多能性幹細胞(iPS細胞)産業応用促進に向けた産学対話」。製薬会社や機器メーカー計16社と、iPS細胞に詳しい研究者4人が参加した。
 あいさつに立った倉田健児・同省生物化学産業課長は「いかにスピード感を持って研究を進め、出口の医療や産業に結びつけるかが大事だ」と強調した。
 ただ、国内では2月にタカラバイオがiPS細胞研究部門の新設を発表した以外、表立った動きは見えない。米国では産業化に向けた動きが活発化し、大手投資会社などが今年1月、iPS細胞技術を実用化するベンチャーを創設。米ハーバード大などの研究者は、ヒトiPS細胞作成の論文発表からわずか1週間で関連ベンチャーを設立した。

産業化の源である特許でも、日本発のiPS細胞の技術で海外が取得する可能性が出てきた。「マウスiPS細胞作成からヒトの成
功まで約1年半あった。その間にだれかがヒトでの特許を出願していてもおかしくない」と、京都大iPS細胞研究センター関係者も今年2月、不安を口にしていた。
 国内企業や研究機関はこれまで、バイオ分野の研究開発で欠かせないDNA解析技術の「PCR法」や、エイズ治療薬などの特許を海外の大学や企業に押さえられ、莫大な利用料を支払っている。
 経産省が9日にまとめた「幹細胞関連技術」の特許出願状況をみると、1998〜2003年の日米欧中韓当局への出願件数は約6560件。米国が53%を占め、欧州の20%、日本の14%を大きく上回る。
 米国圧勝の背景の一つに制度の違いがある。政府資金で取得した特許でも大学や研究者のものにできる法律があり、米国の大学が04年に特許で得た収入は約1498億円に達する。米国より20年遅れの99年に同様の制度を取り入れた日本は約5億4000万円だ。
 生駒俊明・科学技術振興機構研究開発戦略センター長は「特許に精通した人材が大学にはほとんどいない。知財管理に回す資金も少ない。ベンチャー設立にも及び腰。だから米国に負ける」と嘆く。

iPS細胞の成功を受け、ようやく変化の兆しが表れている。京都大、慶応大に相次いでiPS細胞研究の知財戦路を積極的に支援するチームができた。慶応大知的資産センターの羽鳥賢一所長は「研究者の発明届け出を待つだけではなく、特許がとれそうなテーマを研究者に提案していく」と意欲的だ。
 しかし、知財管理は、なお日本の弱点だ。多くの特許出願に携わる津国肇・津国特許事務所長は「知的財産はカネそのもの、という意識が日本では低い。論文発表が優先され特許出願が後回しのケースもある。iPS細胞は新しい発想に基づき、幅広い恩恵が期待できる技術だ。最初の特許戦略を誤れば、国民が払うツケは膨大になる」と警告する。

「患者に待ってと言えぬ」山中教授の苦悩 治療への応用 2つの壁

 「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作った山中伸弥・京都大教授が記者に背を向けた。インタビュー中の出来事。言葉に詰まり涙をこらえていた。「患者の期待を、どう受け止めているか」と質問したときだった。
 「患者さんかちの問い合わせが増えた。切実なものばかりだ。臨床応用はまだ遠い。患者さんの1日は僕らの1日とは違う。気安く待ってくださいとは言えない」。整形外科医として、難病に苦しむ患者と出会った経験が脳裏から離れないのだ。
 ヒトiPS細胞作成の成功で、多くの人が「再生医療が発展する」と考えた。胚性幹細胞(ES細胞)には、受精卵を壊すという倫理への問題、患者と同じ遺伝情報を持つ細胞は作れないという限界がある。患者の細胞から作るiPS細胞はこれらの課題を解決する、との期待が大きい。

 3月中旬、日本再生医療学会が名古屋市で開かれた。網膜の細胞や視細胞(理化学研究所)▽毛細血管や心筋細胞(京都大)▽血小板(東京大)などをマウスのiPS細胞から作る最新の研究成果が発表された。
 大阪大の澤芳樹教授(心臓血管外科)は山中教授と共同で、iPS細胞を使う心臓病治療の研究を始めた。ゴールに向けて澤教授は二つの「壁」を挙げる。iPS細胞から特定の細胞だけを作る技術と安全性の確認だ。「実用化に10年はかかると思う」と話す。
 iPS細胞から目的の細胞だけを作り出す技術は、98年に始まったヒトES細胞での蓄積がある。しかし、ヒトES細胞を使った臨床研究は、まだ始まっていない。iPS細胞を作るときに遺伝子やウイルスを使う。それが、がんにつながる恐れがある。さらに、いったん皮膚細胞などになった細胞を、受精卵のような状態に戻すのは「時計を巻き戻す」行為。「細胞の持つ履歴が、完全に初期化されているのか。成長した人の体に入れても大丈夫なのか」。(勝木元也・基礎生物学研究所名誉教授)という疑いも残る。
 位田隆一・京都大教授(生命倫理)は「iPS細胞は倫理問題がすべて解決済みという前提で研究が進められているが、本当にそうなのか検討すべきだ」と指摘する。

 iPS細胞より実用化が早いと見込まれているのは、患者自身の体内にある幹細胞を使った再生医療だ。産業技術総合研究所の大串始・主幹研究員らは、愚者の骨髄液に含まれ骨や神経、心筋などの細胞に成長する「間葉系幹細胞」から骨の細胞を作り、治療に使う研究に取り組む。2年後には臨床試験開始の予定だ。名古屋大などのチームは、特定の種類の細胞にだけ成長する体性幹細胞を使った治療の実用化を目指す。「爆発的な増殖能力がない分、がん化する恐れが少ない」と説明する。
 3月8日、川崎市で一般市民向けのシンポジウムが開かれた。約400人で満員のホール。演壇の山中教授に質問が相次いだ。パーキンソン病は、白血病は、脊髄損傷は、iPS細胞によって治るのかーー。山中教授は表情を引き締めて答えた。「そうできるよう努力しています」。iPS細胞研究は、今始まったばかりだ。


2008/4/11 毎日新聞

ヒトiPS細胞 バイエル薬品が先に作成
 特許も出願 山中教授抜く

 バイエル薬品神戸リサーチセンター(昨年12月に閉鎖)の研究チームが昨年春、京都大の山中伸弥教授らのチームより早く、ヒトの「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を作成していたことが分かった。すでに特許出願も完了しているとみられる。バイエル薬品が特許を取得した場合、iPS細胞の医療への応用など実用化に大きな影響が出る可能性がある。
 作成したのは、桜田一洋センター長と正木英樹研究員、石川哲也主席研究員(いずれも肩書は当時)らのチーム。同センターはバイエル薬品と日本シェーリングの経営統合に伴い昨年12月21日に閉鎖された。
 チームは同日、論文を投稿。今年1月31日付のオランダ科学誌「ステム・セル・リサーチ」電子版に掲載された。桜田氏らは、山中教授らが06年8月にマウスiPS細胞の作成を発表した直後から、ヒトでの研究を始めた。

 論文によると、新生児の皮膚細胞に、山中教授らと同じ4つの遺伝子を導入し、胚性幹細胞(ES細胞)と極めてよく似た分化能力を持つ幹細胞を作った。遺伝子の導入過程で使うウイルスの1つは山中教授らと異なる種類を使うなど、複数の点で独自のアイデアがみられる。
 桜田氏はセンター閉鎖後、米国の大手投資会社が設立したベンチャー企業の科学担当最高責任者に就任した。毎日新聞の取材に対し桜田氏は「バイエルとの秘密保持契約があり、作成に成功した時期や特許出願については明らかにできない」と話しているが、「センター閉鎖のため、実質的な研究は昨年10月下旬に完了した」(桜田氏)ことや、iPS細胞の培養期間が約200日と論文に示されていることなどから、遅くとも昨年5月上旬には作成に成功したと推定される。
 一方、山中教授と米・ウィスコンシン大の各研究チームは昨年11月、ヒトiPS細胞作成を論文で発表した。山中教授らが成功したのは、過去の発言などから昨年7月ごろとみられる。
 桜田氏は「山中教授のマウスiPS細胞という独創的な成果が最初にあった。実用化には、高い技術を持つ日米の協調が不可欠で、良好な関係を築くために私も精いっぱい努力したい」と話している

iPS細胞 関連技術独占も
 バイエル作成成功 カギ握る特許の行方

 山中伸弥・京都大教授の功績はマウス・iPS細胞作成の時点で世界的に確立している。桜田一洋氏らバイエル薬品のチームがヒトiPS細胞を先に作成しても、学術的な価値が揺らぐことはない。影響するのは医療への応用などだ。このため、関連技術の特許をだれが取得するのかに注目が集まるが、特許の公開は出願から1年半後のため現時点では分からない。
 ヒトiPS細胞の作成は、山中教授がマウスでの作成を国際学会で発表した06年初夏から、バイエル薬品のチームを含め、世界中で激しい競争になった。ヒトでの成功に関して、米ウィスコンシン大チームの論文発表は、山中教授らと同時だった。
 桜田氏らの成果が表に出なかった理由は、企業研究者の成果だったからだ。企業では関連技術の特許出願を優先し、出願内容が公開されるまでは、論文や学会での発表は控えられる。桜田氏らの場台、所属する研究所が閉鎖されるという特殊事情があり、例外的に早い時期での論文発表が許された。
 iPS細胞作成に関する国際特許出願状況をみると、2月末現在、山中教授によるマウスのものが1件公開されている。しかし、ウィスコンシン大チームや他の大学、企業の動向は不明だ。
 一方、桜田氏らの特許出願は、作成成功時期から推測すると、山中教授らより早いのは間違いない。バイエル薬品が特許権を取得した場合、桜田氏が在籍する米国のベンチャー企業とライセンスの独占契約を結ぶことも考えられる。日本での実用化や関連研究に大きな影響を及ぼすだろう。米国との協調を前提とした戦略の立て直しが必要になるかもしれない。

ヒトiPS細胞の一番乗りを主張している元バイエル薬品神戸リサーチセンター長兼再生医療本部長だった桜田一洋氏が、米Genentech社を創設したベンチャー企業が設立したiPS細胞による医薬品スクリーニングベンチャー企業 iZumi Bio, Inc. の最高科学責任者(CSO)に就任していることが明らかとなった。
  
http://www.izumibio.com/

 

2008/4/12

ヒトiPS バイエル先行 特許の行方混とん 早い者勝ち 裁量次第

 バイエル薬品の研究チームが、京都大の山中伸弥教授らより早くヒトiPS細胞を作成していたことが明らかになった11日、京大は緊急の記者会見を開くなど対応に追われた。最先端医療をめぐり世界中の研究者や企業が激しい競争を繰り広げ、特許権の獲得争いも激化している実態が浮き彫りになった。今後、どこが特許を取得するのかは混とんとしているが、その行方は将来の再生医療や治療への応用にも影響を与えそうだ。

 「一喜一憂しない」。ヒトiPS細胞作成に、バイエル薬品が京大より先行していたとの毎日新聞報道を受けた11日夕の緊急会見。松本紘・京大副学長はこう語り、「iPS細胞に関する最初の特許出願は山中教授だ。データはマウスだったが、iPS細胞全体にかかわるものと認識している」と強調した。
 山中教授らは06年8月、マウスiPS細胞作成の論文を発表。それに先立つ05年12月に特許を申請した。出願した発明の名称は「核初期化因子」だった。「(皮膚など)分化した細胞を(さまざまな細胞に変化できる)未分化の状態に戻すというiPS細胞の本質に関するもので、これがすべての始まり」(松本副学長)だからだ。一方で松本副学長は「データはマウスなので、データに縛られるのか(分化した細胞を未分化に戻すという)研究の本質に縛られるのかは、知財当局の判断だろう」とも述べ特許の行方に懸念も示した。
 現在、ヒトで特許を得る可能性が明らかなのは、山中教授らのほか米ウィスコンシン大、バイエル薬品の各チームだ。企業の場台、論文では研究成果を発表しないことが多く、3チーム以外にも研究を進めている企業があるかもしれない。
 バイエル薬品の広報担当は「バイエル薬品としては特許は出願していない。ただ、(独にある親会社の)バイエル社が出願している可能性はある。出願が確認できたとしても、公開前なので内容を開示できるかどうかは分からない」と話す。
 特許は基本的に早い者勝ちだ。さらに、特許をどこまで認めるかは各国の裁量となる。例えば、ヒトを対象とした医療行為は日欧では特許対象にならない。また、98年に作成に成功したヒトES細胞(胚性幹細胞)技術について、欧州は受精卵を壊して作るという倫理的問題から特許を認めなかった。だが、米国にはそうした制限はなく、広い範囲で認められる傾向にある。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


海外機関取得なら 利用料巨額に?

 ヒトiPS細胞に関する特許の行方は、医療への応用などにどんな影響を与えるのか。京都大でも、ウィスコンシン大やバイエルなど海外の研究機関、企業が取得しても、日本国内で与えられる権利に基本的な違いはない。特許権者は自前で産業化してもいいし、特定の第三者と契約を結んでもいい。特許料も自由に決めることができる。
 京大が特許権を取った場合はどうか。
 「大学は公的機関としての性格が強い。おのずと特許料は低くなるのではないか」「税金で開発した技術なので、国内では特許料を取らないという選択肢もある」。複数の弁理士は、こう推測する。
 しかし、海外の研究機関や企業が特許を得た場合、利用する企業や機関は莫大な特許料の支払いを迫られかねない。
 米国は、政府の資金で得た特許でも、研究者個人や大学が特許権を得ることができる法律を、80年に作った。それによって米国の大学が04年に得た特許収入は約1498億円に上る。利益は、研究を推進し、特許出願を増やす原動力となる。98〜03年に日米欧中韓に出願された幹細胞関連技術特許の半数以上は米国のものだ。日本も99年に同様の立法をしたが、大学が04年に得た特許料は約5億4000万円しかない。
 多くの特許出願を手がける津国特許事務所の津国肇所長は「国が特許戦略を誤れば、国民は大きな損をする可能性がある」と指摘する。


 

2008/05/16
企業名 京都大学  |  ホームページ: http://www.kyoto-u.ac.jp/
企業名 (株)大和証券グループ本社  |  会社概要  |  株式コード:8601  |  ホームページ: http://www.daiwa.jp/
企業名 (株)三井住友銀行  |  ホームページ: http://www.smbc.co.jp/
企業名 エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ(株)  |  ホームページ: http://www.nifsmbc.co.jp/

2008/05/16  京大、3社

京都大学、大和証券など3社とiPS細胞研究成果の社会還元事業などで合意
 iPS細胞研究成果の社会還元を図るための事業について

 京都大学iPS細胞研究センター長山中伸弥教授をはじめとするiPS細胞研究の成果を社会に還元するためには、産業界への技術移転が不可欠であります。また、産業界への技術移転を促進するためには、大学における関連する知的財産の管理・活用体制の強化が極めて重要であるとともに、強固な知的財産リスクへの対応も大きな課題となっていました。

 このため、京都大学は、これらの諸課題に柔軟に対応するための方策を、株式会社大和証券グループ本社、株式会社三井住友銀行及び、エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ株式会社の3社と鋭意検討を重ねてきましたが、このたび、iPS細胞研究に係る発明の円滑かつ適切な管理・活用と、その事業化を通じた研究成果の社会還元・社会貢献を図ることについて合意に至りました。

 本合意の主な内容は、
・4者が合意した事業を管理する会社(事業準備会社)として有限責任中間法人を設立し、京都大学の理事及び教員の数名を社員として派遣する。
・次に、事業準備会社である有限責任中間法人は、実際に知的財産権を管理・活用する知的財産権管理・活用会社を設立し、iPS細胞に係る事業化を進める企業等に対して通常実施権をサブライセンスする業務を行わせ、iPS細胞に係る研究成果の社会還元・社会貢献の推進を図る。
こととしています。

 なお、株式会社大和証券グループ本社、株式会社三井住友銀行及びエヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ株式会社から、事業準備会社及び知的財産権管理・活用会社に対する資金支援の合意を得ています。

 本事業に係る現在までの活動及び、今後の予定は次のとおり。
 ・平成20年5月 2日 事業準備会社として「有限責任中間法人iPSホールディングス」を設置
 ・平成20年5月15日 本件に係る最終合意
 ・平成20年6月    知的財産権管理・活用会社を設立、事業開始予定

エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ:
大和証券グループのエヌ・アイ・エフ ベンチャーズと三井住友フィナンシャルグループのSMBCキャピタルが2005年10月に合併