日経産業新聞  2001/3/29

芽吹く光技術 触媒、環境軸に実結ぶ

 福岡市にある九州大学医学部の法医学教室。検体の保存に使うホルマリンの発する鼻を突くようなにおいが19日から消えた。異臭を退治したのはこの日納入された
光触媒を応用した大型の空気浄化装置。開発した盛和工業(横浜市、栗屋野香社長)には、宮崎医科大学や長崎大学医学部など他の大学だけでなく、揮発性の有機溶剤を扱う工場からも注文が相次いでいる。

分解能力5倍
 光触媒は主に酸化チタンを原料とし、紫外光が当たると活性酸素が発生、有機物を二酸化炭素と水に分解する機能を持つ。表面に水滴をつくらず、なじんだ状態にする親水性もある。アンモニアや窒素酸化物(NOx)の除去、よごれ防止、くもり止めなど幅広い効果を発揮する。

 ダイキン工業などが光触媒を応用した空気清浄機を売り出しているが、盛和工業は穴の開いたセラミック製フィルターに酸化チタンを塗布する手法を開発。空気に接触する面積を増やすことで、1分間あたりの分解能力を従来品の5倍の25立方メートルに引き上げた。従来の紙製フィルターと違い、半永久的に効果を維持できるという。

 盛和工業は元々、油圧機器メーカーだが、栗屋野社長は「新事業を開拓しないと21世紀は生き残れない」と考え、環境ビジネスに深くかかわる光触媒関連事業への参入を決断した。空気清浄機の価格は一機100万円台。年間5億円の自社売り上げのうち、「2-3割程度を光触媒事業で稼ぎたい」と意気込む。

 光触媒技術の歴史はまだ浅い。
1972年に東京大学で基本原理が発見されたものの、本格的な用途開発が始まったのは、TOTOが光触媒をコーティングしたビル用タイルを発売した95年からだ。

 しかし、有害な物質を分解する抗菌・脱臭効果に目をつける企業は多く、国内外での開発意欲は急速に高まりつつある。光触媒に関する国内の特許出願件数は90年に23件だったのが2000年は834件に達した。環境重視時代に、光のニューフェースへの期待は大きい。

 フランス、ルクセンブルクとの国境に近い独ザールブリュッケン市。ここで2月15日から3日間の日程で光触媒技術に関するワークショップが開催され、日欧での研究成果や用途開発の事例報告に100人近くの参加者が熱心に耳を傾けた。

 主催したのは政府が資金支援する非営利の研究開発組織「INM」。INMのヘルムート・シュミット教授は「近く欧州の産学で研究開発のネットワークを発足させたい」と述べ、日本が先行する光触媒技術の研究開発を欧州でも強化していく考えを示した。昨年6月には
TOTOから技術導入した独DSCB社(ボン)が光触媒コーティングのタイルの製造・販売に乗り出すなど、欧州でも普及の兆しが見え始めている。

可視光でも反応
 国内では財団法人、神奈川科学技術アカデミー(川崎市、長倉三郎理事長)が99年10月に光触媒研究の共同利用施設を設置。利用会員数は当初の数社から38社に増え、4月中には施設を拡張する計画だ。これとは別に昨年10月にはTOTO、積水樹脂、東レなど国内89社が集まり、技術交流を推進する「
光触媒製品フォーラム」も結成、光触媒の普及促進を狙った企業連合の動きが活発化している。

 課題もある。光触媒である酸化チタンは波長が短い紫外光にしか反応しないとされ、光の利用効率が悪い。用途範囲を広げるためには、室内光など可視光でも反応する光触媒の素材開発が急務になっている。

 その大きなハードルを越えようとしているのが、ベンチャー企業の
エコデバイス(東京・墨田、杉原慎一社長)だ。これまでも酸化タングステンなど他の素材を酸化チタンに混ぜることで可視光でも反応させる技術はあったが、セ氏千度以上に熱処理する必要がありコスト面で量産は難しかった。同社はマイクロ波低温プラズマで酸素原子を25%前後抜き取ることで可視光でも反応する酸化チタンの量産技術を確立、欧州の化学メーカーに生産を委託する交渉に入った。

 エコデバイスが用途開発で狙うのは医療分野だ。1月に入ってから全国の歯科医十数人にサンプルの提供を開始した。歯の表面に酸化チタンを塗り、可視光を当てて漂白する。杉原社長は「かなりの漂白能力があるとの報告が相次いでいる」と自信を見せる。また、可視光は紫外光に比べ人体へのダメージが少ない。光ファイバーの先端に酸化チタンを塗り、がん細胞などの患部に接触させて、患部を死滅させる用途開発も進める考えだ。

 光触媒の産業化に向けた取り組みは進みつつあるが、普及を妨げる要因がまだある。一部の有力な大学や研究機関の間で学術論争が起きており、「自分の理論に異議を唱える相手を一切認めない風潮が残っており、幅広い技術交流が阻害されている」(業界のある幹部)というのだ。

企業の交流必要
 現在の光触媒の関連市場規模は国内だけで200億円から400億円といわれる。三菱総合研究所の試算によると、2005年には1兆円超にまで成長する。光触媒の原理発見からおよそ30年。環境や建設だけでなく、医療分野にもすそ野が広がるなど日本発の技術は開花期を迎えようとしている。先行する技術分野をさらに発展させるため、大学や企業間の技術交流の必要性が増している。


日本経済新聞夕刊 2001/12/13

光触媒に脚光 抗菌タイルなど応用進む

 光が当たるだけで化学物質や汚れを分解する光触媒。日本人が発見した不思議な技術が熱い視線を浴びている。抗菌タイルや空気清浄機に使われ始めたのに続き、有望な応用技術が続々と登場。「いずれはノーベル賞」の呼び声も高いこの分野の研究では、日本勢が基礎研究から応用まで世界を引き離している。

技術の発見者     
東京大学藤嶋昭教授
 「この先4、5年で光触媒の利用が一気に広がる」。
光触媒の発見者である東京大学の藤嶋昭教授(59)は目を細める。11月末に都内で開いた「光触媒シンポジウム」は、企業や大学などから千人近い参加者が詰めかける盛況ぶり。研究者仲間にひっきりなしに意見を求められる藤嶋教授はこの分野の教祖格だ。
 光触媒は酸化チタンという物質。紫外線が当たると周囲のごみなどの有機物を二酸化炭素や水に分解する。約30年前に光触媒の作用を発見した同教授は当初は水を分解して水素を取り出す研究などに取り組んだが、なかなか実用レベルには至らなかった。

「トイレ」にひらめく 
東京大学橋本和仁教授
 実用化の道を開いたのが東大先端科学技術研究センターの橋本和仁教授(46)と
渡部俊也教授(42)。きっかけは東大のトイレがあまりにも汚くて臭かったためだった。「有機物を分解する反応をトイレに応用すればきれいになるのではないか」。この発想が転機となり、抗菌タイルや街灯の汚れ防止、自動車のミラーなどに使われ始めた。

日本経済新聞 2001/9/3
 
ー 渡部教授はTOTOで光触媒を実用化した。
 「百万円を超える報奨金を受け取り三十歳代で事業部長クラスに昇格した。 (以下略)」

 両教授は最近、光触媒の思いがけない利用方法を見つけた。住宅の壁などに光触媒を薄く塗っておけば、微量の水が均一に薄く広がって長時間保持される。この性質を使い、橋本教授は光触媒を「ヒートアイランド」現象の防止に役立てようとしている。
 コンクリート建造物に覆われた都市部は空調機器や自動車の排熱の影響も加わって周辺部よりも気温が高い。建物の表面に光触媒を塗って水を含ませておけば、打ち水効果で効果的に建物の冷却ができる。実験では真夏の室内温度が10度近く下がった。「自分の手で必ず事業化してみせる」。このアイデアで橋本教授は大学発ベンチャーの設立を目指している。

皮膜化し窓ガラスに  
青山学院大学重里有三教授
 本来の汚れ防止の分野で新たに実用化が期待されるのが、ビルの窓ガラスなど面積の広い材料への利用だ。しかし光触媒の材料を含む液剤を塗って焼き固める従来の手法ではすぐにはがれたりする。これらの問題を解決する技術を開発したのが青山学院大学の重里有三教授(41)だ。
 重里教授はスパッター法と呼ばれる半導体の製造法を使い、薄くて耐久性に優れた皮膜をガラスにつける技術を開発した。光を浴びるだけで汚れが分解されて窓ふき作業が不要になる。藤嶋教授も「ここ数年では最も産業へのインパクトが大きい成果」と期待を寄せる。
 
旭硝子に勤めていた重里教授は「窓ガラスはすばらしい発明」と研究者としてガラスにほれ込んでいる。光触媒によって新しい機能を付加できると考えて研究に乗り出した。「スパツター法は原子構造を制御できるので光触媒の新しい性質を引き出せる」と話す。

 「光クリーン革命」ーー。植物の光合成に似た作用が起きる光触媒を暮らしに生かそうと、藤嶋教授はこんなキャッチフレーズを掲げている。光触媒関連製品の国内の市場規模は現状は400億円程度だが、2005年に年間1兆円に拡大するとの予測もある。従来の発想をうち破る新しい技術や応用研究は光触媒普及への強力な推進装置になりそうだ。


日本経済新聞 2001/10/19   

未来戦略  光触媒、「可視光型」に熱い視線 特許紛争の可能性も

 可視光に反応する酸化チタン光触媒の研究開発競争が白熱している。光をあてれば汚れを分解、脱臭効果もある不思議な材料の活躍が屋外から室内や車内へと一気に広がる。膨らむ期待の一方で、特許紛争の気配も見えてきた。                  

 光触媒の主な用途
  ・壁面用タイル材 ・自動車ミラー ・介護用品 ・住宅の内装材  
  ・空気清浄機 ・医療器具 ・歯の美白剤

少しの光で使用可能
 研究の第一人者、東京大先端科学技術研究センターの橋本和仁教授らが中心となり15日、都内で可視光応答型光触媒の企業向けセミナーを開いた。副題は「ついに出たブレークスルー(技術突破)」。  
 橋本氏が太鼓判を押すのは
豊田中央研究所が開発した光触媒だ。酸化チタンの酸素原子の一部を窒素原子に置き換えた組成で、波長520ナノ(ナノは10億分の1)メートルの可視光下でも高い酸化力を備え有機物を分解できる。  
 従来の光触媒は波長が短い紫外線にしか反応せず、直射日光があたらないと使えなかった。可視光対応になったことで、室内照明などである程度明るい場所ならどこでも使用可能になる。

大市場へ突破口期待
 光触媒は2005年に1兆円市場との予測もあったが、現在は400億円程度にとどまる。可視光型の台頭が新たな成長の「突破口になる」(住友化学工業基礎化学業務室の毛利正英主席部員)のは間違いない。  
 可視光対応の研究開発競争は20年ほど前からだ。大学などでチタンをほかの金属で置き換える実験が盛んな時期もあった。しかし紫外線に対する光触媒本来の機能がどうしても損なわれてしまう。「これはすごそうだという発表が何度もあったが、結局追試して確認できなかった」(橋本氏)という。
 豊田中研は発想を転換した。「チタンではなく、酸素を置き換えてみよう」。代替候補にあがった物質はリンやフッ素など数種類。「窒素にたどりつくのに大した時間はかからなかった」と第1特別研究室長の多賀康訓フェローは振り返る。

熱帯びる研究競争
 一方、
住友化学も可視光(波長500−550ナノメートル)で反応する光触媒を開発、特許出願した。化学メーカーらしく材料そのものに手を加え、酸化チタンの原料にいくつかの添加物を混ぜ合わせて実現したとみられるが、詳しい情報は公表していない。  
 こうした動きに「待った」をかけるのが光触媒専業の
エコデバイス(東京・墨田、杉原慎一社長)だ。化学会社の技術営業マンだった杉原氏が可視光型光触媒に的を絞って1997年に設立したベンチャー企業で、産業技術総合研究所や近畿大学と共同開発した「酸素欠陥型」とよぶ光触媒を実用化した。  
 光触媒を焼き固める温度を低めに設定(セ氏400度)することで「生焼け」状態にし、酸素の少ない結晶を作り出す。この酸素欠陥が可視光反応を可能にしているという。杉原社長は「(大手2社の光触媒も)酸素欠陥が原因で可視光に反応しているはずだ」とみる。  
 アプローチは違うが、3社の光触媒は「よく似ている」との専門家の指摘もある。今後の事業展開次第では特許紛争へと発展し「第2の青色」LED(発光ダイオード)」となる可能性もある。


日本経済新聞 2002/8/31

光触媒を高機能化 化学各社 防護膜や塗布材開発

 化学各社が光触媒の機能強化を競っている。宇部日東化成は光触媒の耐久性を高める特殊フィルム、日本パーカライジングは室内でも十分な効果が得られる光触媒技術を開発した。光触媒の2005年の国内市場は現在の20倍の1兆円になるともいわれ、各社は低コスト化などを急いでいる。
 
宇部日東化成が開発したのは光触媒と一体化した防護フィルム。樹脂や塗料などの上に直接、光触媒を付けると樹脂自体を分解し光触媒ごとはがれてしまうが、フィルムと一体化することで防いだ。約1年だった寿命が10年に延び、利用コストが低下する。10月から看板メーカーなどに販売する。3年後に10億円の売り上げを目指す。
 
日本パーカライジングは室内の可視光でも反応する光触媒を塗布する新技術を開発した。従来の塗布材を使うと可視光との反応効率が低下したため、反応に影響しない特殊な塗布材を独自開発した。自動車内や窓のないトイレ、風呂場などにも利用できるという。
 また
日本カーリットは光触媒の汚れ分解スピードを従来の約5倍に高める塗布材を開発した。光触媒の密着性を高めて効果を促進させた。5年後に30億円の売り上げを目指す。

光触媒
 太陽光などを当てると汚れを分解したり、殺菌する物質。代表的なのは、酸化チタン。触媒そのものは変質しないため、半永久的に効果があるといわれる。住友化学工業、TOTOなど日本企業が開発、実用化で先行している。
 現状では建物の外壁などに塗る用途が中心だが、水や空気の浄化にも効果があるため、各社は
こうした分野での用途拡大を進めている。ただ現状ではガラス1平方メートルに塗布するのに1万円程度かかっており、低コスト化が課題。

 


日本経済新聞夕刊 2003/1/23

建物冷やす新建材 YKK・川鉄など 光触媒を活用 技術共同開発

 YKKや川崎製鉄、TOTOなど7社は、表面に水を蓄える特殊な建材を使うことによって住宅や事務所ビルの冷房効果を高める新技術の実用化に共同で取り組む。週末にもコンソーシアム(企業連合)を発足、3年以内の事業化を目指す。
 コンソーシアムには日本板硝子や松下電工、テント材大手の太陽工業(大阪市)なども参加。東京大学先端科学技術研究センターの橋本和仁教授が考案した光触媒の応用技術を使う。
 酸化チタンなどの材料でできた光触媒は、太陽光を当てると水を強く引き寄せる性質を持つ。建物の外壁や屋根を光触媒を混ぜた塗料で覆って水を流すと水が薄く均一に広がり、建物に「打ち水」をしたような状態になる。水が蒸発するときに熱が奪われ、建物表面の温度が大きく下がる。
 東大などが昨夏に学校や病院施設で実施した試験では、屋根に光触媒材料を使った場合、建物の表面温度が約9度下がった。窓のブラインドに使った場合も同様の結果が得られたという。
 建築資材関連企業などからなるコンソーシアムは光触媒入りの塗料を表面に塗った建材を開発、耐久性の向上や量産技術の確立を目指す。近く東大先端研の敷地内にモデルハウスを設置して実証実験を始める。年間2億5千万円の開発費を投じる。
 光触媒関連の市場規模は、雨水を引きつけて汚れを落とす自浄建材など約400億円。新用途が実現すれば市場規模は1千億円程度に拡大すると関係者はみている。
 建物を冷やす新しい用途は省エネルギー効果のほか、都市部の温度が夏場に異常に高まるヒートアイランド現象の緩和などにも役立つとみられ、光触媒の市場砿大の起爆剤になる可能性がある。


日本経済新聞 2003/2/21

光触媒、新用途開発進む 土壌浄化・冷却効果ある建材 市場、1兆円に拡大も

 光を当てると汚れを分解する光触媒技術の新たな応用を目指した研究が活発になっている。土中有害物質の浄化や冷却効果を持つ建材の開発が始まった。現在の光触媒関連市場は自浄作用を持つ建材など300億ー400億円。新用途の実用化が成功すれば1兆円に飛躍するとの試算もある。
 小田急線町田駅(東京都町田市)から車で20分ほどの閑静な住宅街。産官学のチームが昨秋から光触媒で工場跡地の汚染土壌を浄化する試験に取り組んでいる。光触媒効果のある酸化チタンを含んだシートを土の上に広げ、発がん性が指摘される土中の揮発性有機塩素化合物を分解する。
 有機塩素は強力な洗浄作用を持つため、半導体工場やクリーニング店などで1970−80年代に広く使われた。「土壌の汚染された工場・店舗跡地は国内で1万2千カ所に達し(浄化技術の)需要は大きい」(干葉県君津市環境保全課の鈴木喜計主幹)という。
 実験では環境関連のベンチャー企業、エコグローバル研究所(東京・港)やシート材開発を手がける日栄工業(神奈川県伊勢原市)などと東京大学が協力。約2千平方メートルの敷地の浄化がほぼ完了した。橋本和仁東大教授は「シート以外に必要なのは太陽光だけ。理想的な環境技術になる可能性がある」と胸を張る。
 汚染土壌を掘削して処理場に運搬・焼却する従来法に比べ、簡便で費用負担も抑えられるという。4月に建設会社などを集めてセミナーを開催、試作品を配り技術の有効性を訴える計画だ。

 光触媒が水を引きつける性質を利用した新技術の研究も始まった。建材に水を薄く張り巡らせ、それが蒸発するときに奪う熱で夏場の冷房効率を高める。YKKや川崎製鉄などと東大が共同で3年以内に事業化する。
 光触媒製品は、表面に付着した汚れを太陽光と反応させて分解する防汚タイルなどが実用化済み。同タイルなどを手がけるTOTOは4月、中国にも本格進出し、2005年には内外合計で200億円の売り上げを見込んでいる。「土壌浄化などが光触媒市場拡大の起爆剤になる」(橋本教授)と関係者は期待する。