日本経済新聞 2007/2/6-7

製薬再編 再稼動

大手から中堅 ドミノ倒し 新薬不足「2010年」へ焦り

 三菱ウェルファーマと田辺製薬が合併で合意し、国内の製薬再編が再び動き出した。製薬の大型M&Aは、2005年に三共と第一製薬が統合で合意して以来。新薬不足、大型ヒット薬の特許切れ、国内市場の縮小といった厳しい環境で、他の中堅製薬のM&Aも活発化する可能性が高い。
 「一球も投げてない投手の獲得に、60億円も払う大リーグチームの気持ちがよく分かる」。松坂大輔投手の巨額移籍金が話題になった昨年末、アステラス製薬の野木森雅郁社長はしみじみ言った。「薬の開発も同じ。高値で候補物質を買ってくる。でも臨床開発で効果や安全性が実証できなければおしまいだ」
 新薬の「タネ」となる候補物質の価格は、世界で高騰している。アステラスが昨年、米企業から買った貧血治療薬の開発・販売権は7億6500万ドル(900億円強)。海外では1千億円超の取引も目立ち始めた。「10年前の10倍ぐらいに値上がりした感じ」。同社の青木初夫会長はこぼす。
 背景にあるのは世界的な新薬不足だ。新薬が続々登場した1980−90年代の黄金期以後、製薬業界は新薬不足に陥った。既存薬はすでに完成度が高く、ゲノムなど次世代の創薬技術もまだ成果が乏しい。日本でも、候補物質から一つの新薬を作る成功確率は89−93年の平均3700分の1から、01−05年は1万5600分の1まで落ち込んだ。
 新薬不足は解消されないのに、10年前後に大型ヒット薬の特許切れが集中する「2010年問題」は刻々と迫る。後発薬が普及している米国では、特許の切れた薬は売り上げが一気に7−8割も減る。90年代にヒットが相次ぎ、年間10億ドル以上売れる大型ヒット薬は世界で100品目を超えた。しかし皮肉なことに大ヒットになった分、特許切れで受けるダメージも大きくなった。
 苦境を見越して、米欧の巨大製薬会社は一足早く、2000年前後から大型M&Aに動いた。買収先の新薬を手に入れると同時に多額の研究開発費を確保するためだ。00年に英グラクソ・ウエルカムと英スミスクライン・ビーチャムが合併。03年には米ファイザーか米ファルマシアを買収、04年に仏サノフィ・サンテラボがアベンティスを買収した。
 この結果、上位と中下位との体力差が拡大。医薬調査会社ユート・ブレーンによると、世界30位までの合計売上高のうち、上位10社の占める割合は00年の62.4%から05年は65.5%へと高まった。
 昨年来、世界20位以下の中堅製薬でM&Aが頻発しているのは「上位企業にこれ以上離されたら世界で戦えない」との危機感からだ。02年にスイス・ロシュの傘下に入った中外製薬の永山治社長は「早く動かないと合併する相手もいなくなる」と話す。昨年は
独メルクがスイスのセローノの買収合意で20位に、ベルギーのUCBは独シュワルツ・ファーマの買収合意で27位に浮上した。そして今回、三菱ウェルと田辺は合併で世界31位になる。
 先行したメガファーマも盤石とはいえない。新薬不足がまだ解消できないファイザーは先月、世界の社員の1割に当たる1万人を削減すると発表した。大手から中堅ヘドミノ倒しで波及した世界的な製薬再編は、大手と中堅の枠を超えたうねりになるかもしれない。

ゼロ成長の国内市場 M&Aで海外に活路

 2005年半ば、東京・大手町で開かれた懇談会。三共と第一製薬の合併に反対していた村上ファンドの村上世彰代表(現被告)に、ある製薬大手首脳がささやいた。「三共に強い興味があります。力になれるかもしれません」。三共株を保有する村上ファンドと組み三共を買収するーーー。この首脳は、世界に通用する三共の豊富な新薬候補に狙いを定めていた。
 思惑は空振りに終わったが、製薬会社にとって海外市場にどう進出するかは今も最大の課題。田辺製薬の葉山夏樹社長も三菱ウェルファーマと合併する理由を「海外に出るため」と言い切る。
 日興コーディアル証券の予測によると、世界の医薬品市場に占める日本市場の比率は1996年の18%から2010年には8%に急落する。06年から5年間の成長率は世界が年6.2%なのに、政府が薬価抑制と後発薬育成に力を入れる日本はゼロ成長(ドルベース)。日本勢は海外に活路を求めざるを得ない。
 今のところ武田薬品工業など先行組と、三菱ウェルや田辺などとの差は歴然としている。武田や第一三共など上位5社の海外売上高比率はいずれも5割前後だが、10月に誕生する田辺三菱製薬など6位以下のメーカーは1割前後のケースが多い。早めに再編のバスに乗らないと、世界への切符を逃がすという焦りが中堅各社を突き動かす。
 先行大手も海外攻勢を強める。武田はひそかに欧州企業の買収を考えている。すでにスイスのバイオ大手セローノなど複数の企業を買収対象として検討。条件が合わず交渉入りを断念したが、情熱は衰えていない。武田の売上高に占める米国の比率は52%(関連会社含む)に達するが、欧州は14%。欧州市場でのシェアは1%と影が薄い。長谷川閑史社長は買収で一気に勢力を拡張する考えだ。昨年末には欧州統括会社の社長にスイス・ノバルティスの元幹部を引き抜いた。
 「米国で成功してもグローバルには勝者とは言えなくなった」。アルツハイマー型認知症治療薬「アリセプト」など世界的な大型薬を持ち、武田以上に国際化が進むエーザイの内藤晴夫社長も多極化に余念がない。国内各社に先駆けて今秋にもインドに工場を設ける。
 武田などが日米二極経営から多極化に軸足を移すのは、地域リスクの分散が急務になっているためだ。米国では昨秋の中間選挙で民主党が勝利を収めた。「公的医療保険の拡大や薬価引き下げを目指す民主党政権になれば製薬業界は打撃を受ける」(外資系アナリスト)との見方が強い。
 とはいえ、世界最大の市場である米国での地位向上が日本勢の最優先課題であることに変わりはない。「米国各地のバイオビジネス関連会議で武田のブースをよく見かけるようになった」(米バイオベンチャー社長)。武田はベンチャーとの提携や買収の地ならしを急ぐ。アステラス製薬も米国でバイオベンチャー向け投資会社を設立した。
 「製薬M&Aの流れは止まらない。三菱ウェルと田辺の合併はその第一弾だ」(アステラスの田村隼也副社長)。両社が鳴らした再編の号砲、合併会社の規模は国内6位だが、業界に与えるインパクトは大きい。