日本経済新聞 2003/1/24

帝人、杏林製薬を買収 医薬中堅の再編本格化

 帝人と杏林製薬の医薬・医療事業統合は、中堅製薬企業が生き残りへぎりぎりの選択を迫られていることを改めて示した。国内の医療用医薬品メーカーは約720社あるが、最大手の武田薬品工業でも世界市場で15位。国際競争が激化するなかで、異業種からの参入組を巻き込んだ中堅各社の再編が本格化しそうだ。
 杏林製薬の荻原郁夫社長は記者会見で、医療用医薬品市場で生き残るには「(同社の規模では)最低限の水準にはほど遠いと常に思っていた」と説明した。呼吸器系疾患の治療薬など有力品はあるものの、2003年3月期の売上高予想は約700億円で、武田の10分の1以下。現在の薬価(薬の公定価格)べ−スの国内売上額シェアは43位だ。
 ほぼ同規模の中堅企業には科研製薬、持田製薬、キッセイ薬品工業、日研化学などがひしめく。ニッチ(すき間)市場で優れた製品を持つ企業には外資系企業も触手を伸ばしている。最近では
米アボットラボラトリーズが北陸製薬を完全子会社化した。魅力のある企業から順に企業の買収・合併(M&A)などの対象になり、残った企業は消え行くしかないとの厳しい見方も出ている。杏林は自社品を武器に帝人と提携できたという意味で勝ち組に入るともいえる。
 もっとも帝人と杏林が事業統合しても国内シェアはなお20位。「帝人のネットワークを使って海外展開もする」(荻原社長)というが、研究開発費は両社合わせて200億円(2002年3月期)で欧米大手の数千億円に比べ足元にも及ばない。帝人の長島徹社長は「将来、新たなM&Aの可能性もある」と話す。再編劇は始まったばかりだ。


日本経済新聞 2003/4/24

帝人・杏林、医薬統合白紙に 「副作用」で株価急落、統合条件の溝埋まらず

 帝人と杏林製薬は23日、10月に予定していた医薬医療事業の統合を断念すると発表した。主力製品で副作用問題が発生した杏林の株価が大幅に下落したことで、統合比率など条件を巡って両社の見解が食い違い、統合発表からわずか3カ月での白紙撤回となった。両社は今後、別々の提携先を模索し、生き残り戦略を練り直す。
 「杏林との統合で発展できると期待したが、株主の理解を得られないと考えた」。帝人の長島徹社長は東京都内での会見で、統合断念の理由をこう説明した。両社は、帝人が杏林株の50%超を取得して連結子会社化したうえで、医療医薬事業を分社化して杏林と統合することで合意。4月末までに双方の事業価値の算定や、杏林が帝人に譲り渡す新規株式数などを詰める予定だった。
 だが、3月7日、杏林の合成抗菌剤「ガチフロ錠」(一般名ガチフロキサシン)について厚生労働省が副作用の危険性を指摘。糖尿病患者に投与しないよう医療機関への注意喚起を指示した。
 対象患者の約3分の1を占める糖尿病患者に投与できなければ、ガチフロの販売量は伸びない。2003年3月期は国内で85億円と売り上げ全体の1割以上を見込んでいたが、実際は大幅に下回った。「今期は30億円程度にとどまる」(杏林の荻原郁夫社長)見込み。帝人の長島社長は「副作用問題がなければ統合成功の可能性は高かった」と述べた。
 杏林はガチフロ以外にも糖尿病などの新薬で臨床試験を実施。ガチフロのつまずきを穴埋めし、単独で2005年度に売上高1千億円を目指す中期計画を達成するには、こうした新薬を軌道に乗せることが欠かせない。
 しかし、帝人との統合で病院を回るMR(医薬情報担当者)数を約2倍の1200人まで増やす計画が白紙化。販売力強化の代替案がないと、有力な新薬を生かせない。
 帝人の医薬医療事業は営業利益全体の半分近くを稼ぎ出す優良事業とはいえ、安泰ではない。帝人の医薬医療向け研究開発費は年140億円程度で、武田薬品工業など1千億円を超す大手に大きく見劣りする。新たなM&Aなどで投資余力を高めないと、中期的に競争力が弱まる可能性もある。

▼ガチフロキサシン
 合成抗菌剤のなかでも様々な種類の菌に有効なタイプの薬で、従来の薬では効きにくかった肺炎球菌などにも効果を発揮する。杏林製薬は海外の提携先企業を通じてすでに米国など約20カ国で販売。国内では昨年6月から大日本製薬と共同販売している。

医薬統合 リスク予見困難 試算評価、後回しのツケ

 帝人の医薬医療事業と杏林製薬の統合計画破談は、有力薬でも予期せぬ副作用リスクがつきまとう医薬事業の合併・買収(M&A)の難しさを浮き彫りにした。十分なデューデリジェンス(資産の適性評価)の実施前に統合を発表した拙速さも失敗の背景にある。
 今年1月の統合発表時に1800円前後だった杏林の株価は発表直後から「統合比率が同社には不利になるとの懸念から下落傾向だった」(野村証券の漆原良一アナリスト)。厚労省の副作用に関する指示が出た後は一時、千円近くに下落。帝人が第三者機関に依頼した杏林の企業価値評価は杏林の試算を大幅に下回り、株主を納得させられなくなった。
 23日の杏林株の終値は前日比25円高の1285円。統合に対して市場では期待より懸念の方が強かったことを反映している。
 新薬開発は候補物質が見つかってから、臨床試験を経て発売するまで10年前後かかる。発売後も副作用による売り上げ減や販売停止の例は多く、リスク評価が難しい。
 日興シティグループ証券の山口秀丸アナリストは「統合比率を決めずに計画を発表したのが間違い」と指摘。杏林の荻原郁夫社長も「統合を急ぐ思いが(統合比率など)計算に先行し、詰めが甘い面があった」と認める。
 欧米では巨大製薬会社のM&Aが相次ぎ、日本勢との規模の差は広がるばかり。厚労省は昨年、業界再編を促す報告書を出し、国内でも再編機運が出始めていた。ただ、製薬会社は薬価(薬の公定価格)に守られてきただけに、切迫感はまだ薄い。一昨年の田辺製薬、大正製薬の合併破談に続く今回の統合撤回で、M&Aへの慎重姿勢が強まる可能性もある。