第4回日経アジア賞 <経済発展部門>   1999年

許文竜(シー・ウンロン) 奇美実業董事長(台湾)

 16世紀にオランダ人が貿易拠点としてゼーランジア、プロビンシアの2城を建設した台南は、台湾では最も歴史のある町だ。ここに本社をおくのが、ABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)の生産量で世界最大を誇る奇美実業である。
 奇美実業の董事長、許文竜氏の人生は、波乱に満ちた台湾の経済発展の歴史そのままだ。第2次世界大戦後、台南の下町で兄弟とともにがん具や日用雑貨の生産を始めた。たちまち頭角を現し、この会社を台湾のトップに育て上げた。
 しかし「もっと大きな仕事をやりたい」とビジネスを兄弟に譲り、化学業界に打って出た。1959年のことだ。
 最初に目をつけたのがアクリル板。自社で講師まで養成して、下流の加工メーカーにノウハウとともに製品を売り込んでいくやり方。アクリル板でも奇美を台湾のトップメーカーに育て、業界では「アクリル板の父」などとも言われた。
 現在のABSビジネスは15年ほど前に本格化した。相次いで大型プラントを導入し、規模の経済でコストを下げるというのが基本戦略。生産規模は年間約100万トンで、日本の全メーカーを合わせたよりも多い。
 97年に始まったアジアの経済危機でABS市場には変化が出てきた。韓国や東南アジア諸国の通貨の対ドルレートが大幅に下がった結果安価な製品が出回るようになり、コスト競争力を誇る奇美の足元を脅かし始めている。
 そこで「新しい事業の柱として育てていく」と力を注いでいるのが、パソコンの基幹部品であるTFT型LCD(液晶表示装置)。日本の富士通と今年、技術提携した。台南に広大な用地を確保し、年内に生産を開始する予定だ。
 総投資額は1,2期を合わせて1600億円を予定している。自社のABS樹脂と組み合わせたLCDモジュール(完成部品)の事業も展開、この分野でも世界一を目指す。
 経営哲学がユニークだ。家族主義の色彩の強い華人企業の中にあって、早くから所有と経営を分離した。「将来自分の親族が奇美の経営に口を出すようなことがあれば、このビデオを証拠に拒否してほしい」と社員の前で語ったというエピソードもある。「マネーゲームは嫌い」と、上場ブームの中で非上場を貫く。
 12年前、台湾では珍しかった週休2日制をいち早く実施した。本人は週2日しか出社しない。「各プラントの工場長が昔の日本で言えば藩主。藩主の自主性に任せるのが最も競争力がある」というのが持論だ。
 セールスマンを全廃し、価格は新聞で公示して注文を受け付ける。「うちのものを買ってくださいという営業は無駄。世界一いいものを作れば自然に客がついてくる」。原材料市況の低迷にもかかわらず、98年も黒字を計上した。
 「50歳を過ぎたらもうけたお金をどう使うかに興味が移った」という。奇美医院。1300床で最新の機材をそろえた台湾南部では最大の病院である。
 本社には奇美博物館を併設、自らが設立した奇美文化基金会を通じて欧州の絵画や美術品を収集、無料で展示している。本社には毎日近くの小中学生が美術鑑賞に詰めかける。バイオリンや日本刀なども収集、バイオリンは有名音楽家に貸し出してもいる。
 趣味は楽器の演奏、絵画、釣りと多彩だ。
 台湾優先を掲げる李登輝総統と親しく、96年から総統府国策顧問を務める。昨年「自分が総統なら税金は半分にできる。官僚機構の8割は不必要だ」など行政の大改革を主張し、官民各方面から注目を集めた。
 「なぜ『荒城の月』が音楽の教科書からなくなるんでしょうか。いい歌だと思うのですが」。日本の植民統治時代に育ち、日本文化にも深い理解を示す。

<略歴>
 1928年台湾・台南生まれ。地元の高級工業学校を卒業後、53年にがん具・日用雑貨の製造を始め、59年に奇美実業を設立。董事長(会長)として、アクリル板でスタートした同社を家電製品や自動車部品の原料であるABS樹脂で世界最大のメーカーに育て上げた。「社員に権限を与えれば、企業は無為にして治まる」というのが経営のモットー。96年から総統府国策顧問。


(世界日報 2001/3/12) 

奇美工場への停止通達を否定 中国国務院台湾弁公室

 台湾紙聯合報(11日付)北京電によると、中国国務院台湾弁公室は10日、同弁公室が台湾大手の奇美実業グループが中国江蘇省鎮江市内で運営する石油化学工場の運転停止命令を出したとの報道について、中国当局は大陸に進出・投資した台湾企業の合法的な権益を保護し、違法行為は法によって処理する、として同命令を否定した。台湾夕刊紙中時晩報は10日付北京電で、台湾弁公室が同工場の操業停止命令を正式に通達したと報じていた。

 
陳水扁政権の総統府顧問を務める奇美実業グループの許文龍会長は日本の漫画家、小林よしのり氏の「台湾論」に登場し、従軍慰安婦が強制連行でないと発言して、野党側から反発を買っていた。中国側は「台湾論」を「日本軍国主義の侵略を美化している」と非難している。

 国務院台湾弁公室の張銘清スポークスマンは10日、「わが党は台湾企業の投資権益を保護するが、違法行為を行った企業に対しては許容しない。台湾独立を支持する台湾企業に対しては法によって厳格対処しても、奇美実業は対象外」と指摘。台湾当局者も「国務院台湾弁公室はそのような過激なことはできないはずだ」と判断しているという。

 これに対し、台湾の呂秀蓮副総統は11日、「現段階では状況が不透明であり、事情が確定次第、意見を表明する」と語った。

 また香港紙明報(11日付)は、江蘇省台湾弁公室スタッフは同紙に対して、張会長が行った「台湾独立を促すような人心を得ない政治的発言と同工場の閉鎖是非は無関係であり、現段階で運営停止の話は聞いたことはなく、事実関係を早急に調査中」だと伝えた。


日刊ケミカルニュース 2000/1/14) 

 ☆奇美実業の鎮江は2Q完成、中国の自給化強まる見通し

 現段階で具体化している新増設計画は、台湾・奇美実業が中国江蘇省鎮江に建設中の第1期年産12万5千tプラントのみとされている。同プラントは急ピッチで建設が進められているもようで、当初予定を前倒しして今年2Q中には完成、稼働入りするとの見方が強まっている。その後、第2期の倍増計画に早急に着手し、25万t体制を確立する方針のようだ。中国では、このほかにも吉林化学やLG化学の増設計画があるとされているが、詳細は明らかでない。中国需要は99年べースで120、30万tと推定、今後も着実な伸びが期待されることから、自給化体制に向けた動きが強まっている。しかし、数年後でも国産能力は40万t程度に止まるとみられ、引き続き大幅な輸入ポジションで推移する見通しだ。


(化学工業日報 1999/1/9

奇美実業 中国・鎮江でABS着工
 24万トン、2000年末に稼働

 台湾・奇美実業は中国でポリスチレン(PS)に続いてABS樹脂年産24万トン(12万トン2系列)の建設に着手した。中国江蘇省鎮江に2000年末稼働をめどに建設、一挙に中国最大のABS工場となる。同社は台湾で年産120万トンのABS設備を持ち、これまで中国市場では70%のシェアを確保するなど世界一の地位を確立している。中国で生産拠点を持つことにより、現在フル稼働中のPS年30万トンと合わせると54万トンのスチレン系樹脂の一大拠点となる。アジア経済が低迷し、設備投資意欲が減退しているなかで、台湾プラスチックスのエチレンプロジェクトをはじめ、台湾企業の勢いはとまらない。

 奇美実業は中国市場をにらんで江蘇省鎮江大港経済開発区に進出、現地に「鎮江奇美化工」を設立、1期計画として昨年10月にPS年30万トンを稼働させた。さらに、主力のABS樹脂についても建設計画を進めていたか、原料の手当てでアクリロニトリル(AN)の輸送に制約を受けたこと、中国市場に安値密輸品が増大したことなどから計画を遅らせていた。
 しかし、中国のスチレン樹脂需要は家電、電子製品、さらに自動車需要も増加、とくに、密輸の査察強化による競争力のアップ、さらに大洪水による復興需要が急増したことから、スチレン樹脂はタイトな状況となっている。事実、PSは昨年11月から年30万トン設備がフル稼働に転じ、絶好調で推移している。この中国市場の成長や原料手当てにめどを付けたことから、2期計画のABS樹脂の投資に踏み切ったもの。
 同社のABS樹脂は台湾と合わせて年140万トンを超え、PSでも同70万トン体制を固め、スチレン系樹脂ではアジアで不動の地位を確立する。
 アジア経済が破綻し、石油化学製品市況の低迷、供給過剰感が強まっていることから各国で設備投資が冷え込んでいる状況で、PSに次いでABS樹脂でも奄美実業が中国で先行投資したことはアジア需給に大きな影響を与えると同時に、再編が進む日本にも影響を与えるとみられる、同時に、アジア経済の影響が少なかった台湾勢が台湾プラスチックスの石油、石化計画をはじめ、積極的な投資を実施していることが象徴的だ。



中国・ASEANニュース速報  2004/3/30

【台湾】奇美実業、石化事業への投資拡大
http://www.e-plastics.gr.jp/japanese/nna_news/news/news0403_5/04033003.htm

 奇美実業は、石油化学事業の拡大に2億米ドルを投じる。中国・江蘇省鎮江の工場で、アクリロニトリル・ブタジェン・スチレン(ABS)、ポリスチレン(PS)の生産能力を向上させ、市場の需要に応える。TFT―LCD(薄膜トランジスタ液晶ディスプレー)事業との統合も狙った大きな動きへと発展しそうだ。29日付工商時報が伝えた。

 同投資計画は、同社の許春華副総裁が明らかにした。ABSおよびPSの供給過剰状態が落ち着き、オファー価格も安定している中、向こう2年間は再び需要が増加するとの観測が、生産能力拡大の決め手になったようだ。

 
鎮江工場で、ABSの年産能力を倍増させ50万トンにする。PSも、現有工場のネック工程改善に加え、年産15万トンの新工場を増設するなどし、全体の生産能力を20万トン増やす。また、年産5万トンのアクリル樹脂(PMMA)の新工場も設ける。同計画は今年2004年から実行され、2年後の全工程完了を目指す。

 同時に、
台湾の工場でも生産拡大を進める。少なくとも30億台湾元を投じ、ポリカーボネート(PC)工場の年産能力を倍増の14万トンにまで高める計画だ。同社は今年1月、旭化成ケミカルズとの合弁会社、旭美化成への出資比率を90%まで高めることで先方と合意していた。PC事業の早期拡大、高収益化へ向けて体制を整え、今後の成長に備えることが目的だ。

■エレクトロニクス産業との統合図る

 奇美実業は、1998年から奇美電子(CMO)を通じたTFT―LCD事業に投資の重点を移していた。そのため、石化事業から撤退するのではないかとの憶測が絶えず流れていたが、今回の大型投資、生産能力拡大計画がそれを打ち消した形だ。

 同社はさらに、石化事業をエレクトロニクス産業を支える存在へと変貌させようとしている。アクリル分野では、従来型製品に加えて導光板、拡散板などの光学製品を開発した。さらに、フォトレジスト、現像液、エッチング剤などを生産し、TFT―LCD産業との統合を図る考えだ。

 中国の長江デルタ地帯では、エレクトロニクス産業の発展により石化産業でも投資が拡大し、台湾プラスチックグループ、長春グループなどが積極的に進出している。奇美実業もこの流れと、世界的な石化産業の成長傾向に合わせ、事業拡大を狙う。


The Straits Times June 17 2004             解説

Pro-independence investors warned
http://straitstimes.asia1.com.sg/eyeoneastasia/story/0,4395,256718,00.html

Taiwanese investors who support island's independence are not welcome in the mainland, says Chinese vice-minister
China is prepared to shun Taiwanese investors who support the island's independence movement, a vice-minister has said, linking cross-strait politics to economic sanctions for the first time.

'For Taiwanese businessmen who resolutely support Taiwan independence and separatism from the motherland, we do not welcome them,' China's
Vice-Minister of Commerce Ma Xiuhong told reporters here yesterday.

'As for what measures we will take, it will depend on the situation.'

Ms Ma's remarks, which follow a similar line voiced by the People's Daily as well as Taiwan Affairs Office spokesman Zhang Mingqing, indicate a hardening of Beijing's position towards Taiwan in recent weeks.

For the first time, Beijing has threatened to turn away foreign investment, gambling that it will hurt pro-Taiwan independence investors more than China's local economies.

Unlike Japan and South Korea, China has welcomed foreign investment since it began economic reforms and has been rewarded with one of the fastest economic growth rates in the world over the past two decades.

Last year, half of its exports came from foreign companies with factories here.

Its emphasis on attracting foreign investment - even using it as a benchmark to evaluate local government officials - has succeeded in reaping US$53 billion (S$91 billion) in overseas investment last year, more than any other country in the world.

The Ministry of Commerce expects China to attract as much - if not more - foreign investment this year as it did last year, assuming 'no big problem pops up'.

Roughly 40 per cent of foreign investment comes from overseas Chinese in Hong Kong and Taiwan, the first and most enthusiastic about investing in their motherland.

As of the end of last month, there are 62,000 Taiwan companies that have invested US$37.8 billion in China.

Taiwan has racked up a trade surplus of US$150 billion with mainland China by limiting reciprocal investments from China, according to the People's Daily, which is probably one reason why China would not mind if they lost some Taiwan investments.

Understandably, Taiwanese businessmen are nervous about China's new position towards Taiwan investment, especially since the issue of who fits the definition of 'Taiwanese businessmen who support Taiwan independence' is subjective.

In a hard-hitting article on May 31, the People's Daily singled out Chi Mei Optoelectronics Corp's former chairman Hsu Wen-long as a Taiwan businessman who openly supports Taiwan President Chen Shui-bian's independence platform.

At a shareholders' meeting on Tuesday, Chi Mei's new chairman Frank Liao sought to separate politics from economics, saying that Mr Hsu's personal political views were an independent matter from the company's business.

Chi Mei has plans to build its first factory on the mainland to make liquid crystal modules in the eastern Chinese city of Ningbo.

However, it has not formally applied to the Chinese authorities because of the uproar over Mr Hsu.


「人民網日本語版」2004年6月16日

台湾企業の大陸部への投資奨励に変化なし 商務部

 商務部の馬秀紅副部長は16日午前、国務院新聞弁公室が開いた記者会見で、「中央政府は、台湾企業の中国大陸部での投資を奨励する政策について変化はなく、台湾企業が大陸部で投資する合法的な権益は、法律の保護を受ける」と表明した。

 馬副部長は、「『台湾独立』活動を行う者は、誰であれ、われわれは断固反対する。これは、相手が台湾企業であるとか誰であるからという理由ではない。この観点はかねてからこのようであり、これまで変化したことがない」と述べた。

 馬副部長によると、現在までに、台湾企業が大陸部への投資で設立した企業はすでに6万2千社に達し、台湾企業の大陸部での投資額(実行ベース)は378億ドルに達した。


Taipei Times 2004/6/8  

Chi Mei boss holds good China cards
http://www.taipeitimes.com/News/biz/archives/2004/06/08/2003174271

The `People's Daily' attacked the tycoon for allegedly supporting independence, but even in retirement he could take his businesses out of China

Chi Mei Corp Chairman Hsu Wen-lung gives a talk on how Taiwan-based companies can position themselves to enter the global market at a seminar held by the Taiwan Economy and Industry Association on April 22 in Taipei.

For the past five decades, tycoon Hsu Wen-long (
許文龍) has been one of the nation's most prominent businesspeople, but when he retired last month he probably never imagined that he would get involved in a political skirmish that bears implications for all Taiwanese who do business in China.

Hsu, 76, founder of Chi Mei Corp (
奇美實業), which is known for being the world's largest manufacturer of the plastics product ABS -- acrylonitrile butadiene styrene -- retired from the company last month. This month he will resign his chairmanship of subsidiary Chi Mei Optoelectronics Corp (奇美電子).

But Hsu's retirement has not stopped him from being attacked by the Chinese authorities, who have declared him unwelcome because of what they see as his pro-independence position -- as indicated in People's Daily on May 31.

The paper said that Hsu's resignation was merely an attempt on his part to make it easier for Chi Mei to do business in China.

"I think as a businessman, Hsu will do what he must to reduce political intervention in his business," said Huang Yueh-hung (?
越宏), author of a biography of Hsu, "Concept -- Hsu Wen-long and his Chi Mei empire "(觀念 -- 許文龍和他的奇美王國).

"But I have to say that Hsu is pro-Taiwan, not pro-independence, as China has accused him of being," Huang said.

Born in Tainan in 1928 during the Japanese colonial period, Hsu's life is like a history of modern Taiwan.

Though most Taiwanese loathed Japan's imperialist rule, Hsu reminisces -- as do many who remember that time, such as Hsu's friend, former president Lee Teng-hui (
李登輝) -- about the clean government and modern infrastructure that the Japanese brought.

In contrast, the Chinese Nationalist Party (KMT) disappointed Hsu after it took power with its heavyhanded tactics, such as the butchery of the 228 Incident, and with its corruption.

"Hsu always draws a clear line between business and politics," said Vivian Tsai (
蔡玉真), an editor at the magazine Win-Win Weekly, who is close to Hsu.

Hsu first got involved in politics by serving as a national advisor to Lee, and came under fire from Beijing when he threw his support behind Democratic Progressive Party presidential candidate Chen Shui-bian (
陳水扁) in the 2000 race.

It was in 1996 that Hsu first expanded his plastics empire across the Taiwan Strait, building a petrochemicals plant in Zhenjiang, which produces 250,000 tonnes of ABS and 300,000 tonnes of polystyrene annually.

In a recent speech -- at the Taiwan Economy and Industry Association (
台灣?經建研社), in April -- he suggested the government deregulate investment in China and use China as an economic colony. That remark infuriated Beijing.

Hsu explained that he meant the statement in a good way, meaning that China could benefit from Taiwanese investment just as Taiwan once benefitted from being Japan's economic colony.

Hsu's successor, Frank Liao (
廖錦祥), has issued a statement saying that Chi Mei hopes to continue its investment projects in China despite the piece in the People's Daily.

"If Hsu is still in power, he is very likely to move his business to other countries, such as Vietnam, as he has told reporters before," Tsai said.

Along with the Zhenjiang plant, Chi Mei operates petrochemicals plants in Guangdong and Jiangsu.

"Hsu is known for exercising a flexible strategy -- if he can't make money in one place, he'll shift operations elsewhere," Tsai said.

"If he decides to leave the Chinese market, many countries will welcome him," Tsai said.


エコノミスト 2005/4/26号

大物財界人、許文龍「一つの中国」支持の波紋  本田善彦

 台北では2005年3月26日、中国が台湾への武力行使に法的根拠を与えた「反国家分裂法」を制定したことに抗議する大規模デモが行われた。これは陳水扁・台湾総統の呼びかけによるもので、主催者側は「100万人が参加」と発表。「反国家分裂法」に対しては、複数世論調査が絶対的多数の台湾住民の反対を伝えている。陳総統は、平和的なデモを通じて国際社会の理解と同情が得られると計算した。しかしデモ当日、台湾島内の空気を一変させる書簡が発表された。
 問題の書簡は、同26日付「経済日報」に世界最大のABS樹脂メーカー、奇美実業創業者「許文龍」の名で掲載され、「台湾、大陸ともに“一つの中国”に属し、中台両岸人民は同胞だ。00年の総統選挙で陳水扁を支持したのは、国民党の腐敗を不満としたもので台湾独立支持ではない」と主張。「最近の胡錦濤主席の談話と反国家分裂法の制定に心強く思った。
大陸に投資した我々は台湾独立を支持しない。奇美は大陸で、より発展する」とする内容だった。
 許文龍氏といえば、奇美実業の前董事長(会長)で、熱烈な台湾独立派として知られる。00年の第10代総統選挙では「陳水扁こそ李登輝路線の継承者」と公言し、陳水扁総統も総統府資政(高級顧問)に許文龍を迎えるなど緊密な関係にあったはず。
 その許文龍が「一つの中国」と「反国家分裂法」支持の姿勢を表明したことで、陳政権周辺に衝撃が走った。
 盟友の李登輝前総統や呂秀蓮副総統は許文龍の苦境に理解を示し、台独派も「中国は奇美大陸工場への抜き打ち税務調査や台湾人幹部の身柄拘束など嫌がらせを続けている。書簡は中国の脅迫と強制の産物」と弁護を展開した。
 デモ直後に中国を訪問した江丙坤・国民党副主席を「時代錯誤」と痛罵した陳総統も、許文龍の件では沈黙するなど、当局の困惑は傍目にも明らかだ。沈黙する陳総統を前に、「許文龍の姿勢を黙認するのか」と不満の声も少なくない。
 奇美は91年以降、中国大陸の丹陽や蘇州への投資を展開し、最近では江鎮工場が一大拠点となっている。中国側は昨年夏「中国で金を稼ぎながら台湾独立を主張する輩は許さない」と許文龍を名指しで批判、中国の圧力をかわしたい許文龍は直後にグループ代表の座を退いた。しかし中国は昨年11月にも奇美のA株上場に難色を示すなど、厳しい態度に変わりはなかった。今回の事態について江蘇省の台湾事務担当官は「税務調査などは噂に過ぎず論評しない」と対応しているが、台湾では中国の圧力が存在したとの見方は根強かった。

 ところが、公開書簡発表から数日後に表面化したいくつかの動きは、「中国の脅迫」だけでは説明のつかない複雑な背後関係を示唆するものだった。3月29日、系列の奇美電子が台湾経済部投資審議委員会に、中国での液晶テレビ部品の買い付けを目的とした大陸物流会社の投資案を提出、時を同じくして一度は中断が伝えられた浙江省寧波の奇美LCM(液晶モジュール)工場への投資案再開の可能性も報じられた。同31日には昨年、仏トムソンとの合弁で出荷量世界一のテレビメーカーとなった中国TCLの李東生総裁が液晶パネルの買い付けで訪台、最初の訪問先に奇美を指定したことが明らかになった。買い付け総額は20億台湾元(約60億円)ともいわれ、公開書簡発表との関連に自然と関心が集まった。
 許文龍も書簡で触れているが、胡錦濤・中国国家主席は3月4日の全国政治協商会議の席上「
一つの中国の原則などを認めさえすれば、誰であれ過去の言動を問わず話し合いに応じる」と語っている。3月末には、陳政権発足時に許文龍とともに陳水扁支持を表明したエイサー代表の施振栄が、総統府国策顧問の辞任を再度表明するなど、「許文龍効果」は拡大の予兆さえ見せている。
 台北では、「次は台湾産農産物の輸入解禁で、台湾中南部の民進党支持層への切り崩しが始まる」との観測も強まっている。陳政権も支持基盤の液状化を懸念しているようだ。


http://zhenyan.cocolog-nifty.com/twlog/2005/03/post_8.html

 中国時報の報道によれば、今回の声明は中国側が原稿を準備して、許にサインを強要したらしい。実際にこの声明の文法が大陸式の中国語で、台湾人が用いる国語とは、微妙に異なっており、それゆえ強要されたという見方が正しいのかもしれない。

  許は陳水扁が相当就任後、総統府顧問に就任したが、それによって中国当局ににらまれ、中国内でのビジネスに、圧力が掛けられ、数十億元の損害が生じたらしい。

 その後、陳水扁の続投が決定された後、中国の圧力は更に高まり、奇美の工場には、常に数十名の税務調査官が進駐した。中国では税申告漏れは刑罰として罰せられるため、会社の運営に大きな圧力となった。

 更に数ヶ月前、モトローラが奇美通信の株を全て売り払うことを申し出た。モトローラの携帯に奇美が生産した部品を用いた場合、中国当局はモトローラが中国内で組み立て販売することを許可しないと脅したためである。その後、許文龍は損失を抑えるため、奇美通信の株を他の台湾企業に売り払い、自らの経営権を放棄せざる得なかった。

    こうした中国当局の圧力はモトローラだけでなく、他の台湾系企業にも掛けられ、中国工場で奇美の部品を用いることを許可せず、それでも用いた場合、その中国工場はトラブルに巻き込まれた。


2005/5/7 田中宇 http://tanakanews.com/f0507taiwan.htm

▼相次ぐ財界人の離反

 だがその後、それまで民進党を支持していた他の台湾人実業家たちの中から、陳水扁政権に対して「台独の方針を捨てるべきだ」という主張や請願が相次いで出されるに至り、どうやら許文龍の主張は脅迫の結果ではなく、むしろ逆に、台湾実業界の意外に多くが民進党に台独方針を捨てさせたがっていることが分かってきた。

 許文龍が声明文を出してから5日後の3月31日には、陳水扁の政策顧問だった実業家の中からもう一人、宏碁(エイサー)グループの前会長である施振榮が、自分は台独派ではなく中立派であり、今後は陳水扁に頼まれても政策顧問はやらないと発表した。

 興味深いのは、この発表に対する陳水扁政権の対応である。施振榮の辞意表明から3日後、陳水扁政権は突然、施振榮を経済大臣に任命したいと言い出した。この人事構想は民進党内でも突然の話だったようで、党内から人事の意図をめぐる疑問が噴出した。そのとき経済大臣を努めていた何美ゲツ(王へんに月)は当惑しつつ「私の能力不足で大臣の交代が必要だというのなら、喜んで従います」と発言したりした。

 どうやら施振榮にまで離反されると困る陳水扁政権は、施振榮にこれまでよりも重要なポストを与えることで離反を防ごうとしたらしい。施振榮はこの提案に乗らなかったらしく、この人事案はその後すぐに消えていった。

 3月28日には、力霸グループ、神通グループ、遠東グループなど、財界の主要企業の経営者たちが、謝長廷首相と懇談した際、経済分野を中心に中国との関係を改善してほしい、民進党は台独にこだわるのをやめて、大陸に対する投資規制を緩和してほしい、と求めている。

▼報われなかった台湾財界人の独立支持

 こうした一連の台湾財界人の「反乱」の背景には、台独にこだわる民進党政権が、台湾企業の大陸への投資を規制してきた経緯がある。たとえば今回の反乱の先陣を切った許文龍の奇美グループは、中国で液晶パネルの生産を行っているが、技術的に進んだ分野の製造に関しては、台湾政府が大陸への技術輸出を禁止している。

 台湾企業の中には、政府の方針を無視し、第三国に作った子会社を経由して自由に大陸進出し、利益を出している会社がたくさんある。民進党を支持してきた財界人は、大陸進出の制限に従った結果、利益を得る機会を逸している。

 台独派が頼みの綱とするアメリカの単独覇権主義が成功し、中国が潰され、アメリカ経済が隆々と発展するのなら、財界人たちも台独を支持した甲斐があるが、現状は逆で、アメリカは中国にどんどん譲歩している。財界人としては、むしろ中国の市場と覇権の拡大に乗って、自分たちの企業を拡大したいところだろう。

 しかも台湾では、たとえば石油化学製造についても大陸での工場建設が規制されているが、その一方で欧米企業は同種の工場をどんどん中国に作っている。主要な台湾メーカーである台湾プラスチックなどがエチレン・クラッカーの製造工場を中国に作れないでいる間に、イギリスのBPや、アメリカのエクソンモービルといった欧米の石油会社が、次々に同種の工場を作ってしまった。

 許文龍が台独批判の文書が本人の真意に基づくものかどうか台湾で議論になったとき、台湾プラスチックの創業者である王永慶は「これは彼の本心からの言葉である」と指摘した。王永慶は、許文龍と同じ気持ちだったのではないかと推測できる。台湾財界人が台独派から統一派に転換したのは、イデオロギーに基づくものではなく、資本の理論に基づくものだった。

 


Platts 2005/8/9

Taiwan's Chi Mei to boost China ABS capacity by end 2006

Taiwan's Chi Mei Corp plans to boost ABS capacity in Zhenjiang, China to 350,000 mt/yr by the end of 2006 from 250,000 mt/yr currently, a company official confirmed Tuesday.

The project had been longer in the pipeline, but had been put on a hold as Shi Wen-long, founder of the Chi Mei conglomerate had showed sympathy for independence of Taiwan, media said. However, Shi has softened his stance and defended his shift away from his previous independence-leaning stance, saying only greater investment in China would ensure survival of his business group, according to AFP, citing from Taipei-based Business Weekly.

In addition to the ABS plant, Chi Mei was also going ahead to build a polymethyl methacrylate (PMMA) plant in Zhenjiang, with a production capacity of around 45,000 mt/yr, also slated for completion by the end of 2006. Meanwhile, it was conducting a feasibility study to build a polycarbonate plant in Zhenjiang as well, the source noted. The capacity and completion date were still on the table the source said, but added that the first phase of the project would entail a capacity of around 75,000 mt/yr.