河野太郎 ごまめの歯ぎしりアメリカの懸念

2013年09月18日

 

講談社から出版された「原発ホワイトアウト(若杉冽著)」という本が、登場人物は仮名ながら、原子力利権について赤裸々に書いてあると話題になっている。

役所の中ではきっと官僚が書いたに違いないと、犯人探しまで始まっているそうだ。

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毎日新聞 2013年10月22日 東京夕刊

特集ワイド:「内部告発小説」の現役官僚に聞く 「再稼働いいのか」問いたい
http://mainichi.jp/feature/news/20131022dde012040012000c.html

 ■「日本の原発は世界一安全」はウソ

 ■政界への献金「モンスターシステム」

 ■電力業界に冷たい職員のチェックリスト

 ナゾの覆面作家が現れた。若杉冽(れつ)さん。現役のキャリア官僚である。9月に出版した小説「原発ホワイトアウト」(講談社)で、原発再稼働にひた走る経済産業省と電力業界、政治家を結ぶ闇のトライアングルを描き霞が関からの「内部告発」として波紋を広げている。本人に胸の内を聞いた。【吉井理記】

 東京都内の料理屋に現れた若杉さん、もちろん覆面姿ではなく霞が関の住人特有の、特徴に乏しいスーツ姿だ。「尾行対策にね、後ろを気にしながら道をあちこち変えて。時間かかっちゃいました」。ささやきながら腰を落ち着け、ようやく表情を緩めた。

 東京大法学部卒、国家公務員1種試験合格、霞が関の省庁勤務−−公にされた素性はこれだけだ。もちろん執筆は役所には秘密。近親者にしか明かしていない。

 小説は参院選で政権与党が大勝するところから始まる。電力業界の政治献金で飼い慣らされた与党政治家と業界幹部、両者と軌を一にする経産官僚が原発再稼働に向けて暗躍する姿を縦軸とし、役所のあり方を疑問視する若手官僚の抵抗、原発テロ計画といったエピソードが横軸として交錯していく。「柱の部分は私の知る事実がベース。役所では表立って話題にしませんが、裏ではみんな『詳しすぎる。作者はだれだ』と大騒ぎです」。静かに笑う。

 リスクを冒してまでなぜ執筆を? 「現実世界は原発再稼働に向けて着々と動いています。一方で私は、電力業界のずるさや安倍(晋三)首相の言う『日本の原発は世界一安全』がウソなのを知っている。私は公僕です。そうした情報は国民の税金で入手したとも言える。もちろん国家公務員として守秘義務もある。だから小説の体裁を借りて『みなさん、このまま再稼働を認めていいんですか』と問いかけたかった」。声が知らず知らずのうちに高くなり、テーブルに広げた著書を何度かたたいた。

 「電力業界のずるさ」の最たるものが、若杉さんが「モンスターシステム」と呼ぶ巨大な集金・献金システムだ。作中で描いた構図とは−−。


 電力会社は資材や施設の修繕工事などを、随意契約で相場より割高な価格で業者に発注する。業者は割高分の一部を加盟する電力業界団体に預ける。団体はその預託金を政治献金やパーティー券購入に充て、「大学客員教授」などのポストを買い、浪人中の政治家にあてがう。政治資金収支報告書上は関連企業や取引先企業の名前が使われるため、電力会社は表に出ない。業界団体「日本電力連盟」に“上納”される預託金は年間400億円。これで業界に有利な政治状況をつくり出す、というわけだ。

 「これは私が見聞きした事実を基にしています。東京電力福島第1原発事故後、東電の経営状況を調べた国の調査委は、東電が競争入札にした場合より1割強、割高な価格で業務発注していたことを明らかにしました。私は昔は2割だったと聞いていますが」。預託金の原資、元はといえば電気料金だ。割高発注はコストを増やし当然、料金にはね返る。「企業献金がすべて悪いとは言いません。でも国が地域独占を認め、競争環境にない電力会社は別。国民にとって電気料金は税金と同じ重みがあり、税金並みの透明性が欠かせない。業務発注だって競争入札にする規制が必要です」

 多額の選挙費用がかかる政治家が電力マネーに弱いのは理屈としては分かる。では公正であるべき官僚は。

 「上層部ほど電力業界にねじ曲げられている。退職後の天下りポストが欲しいというのもありますが、一番の理由は出世です。これは本には書きませんでしたが……」と、あるエピソードを語った。

 霞が関には省庁の垣根を越えたネットワークがある。かつて、その中で知り合った人物が経産省資源エネルギー庁の電力担当の幹部になった。上司にあたる同省官房長からは「電力と酒飲んで遊んでればいいから」と言われたそうだ。だが電力業界に「従順」と思われたその知人、真面目に電力自由化をやろうとした。「その矢先、ピュッとトバされてしまったんです。もう退職なさった方ですが」

 背景にはある「リスト」の存在が絡んでいた。「電力会社が役所の電力・ガス部門に来てほしい職員、そうでない職員を記したものです。『業界に冷たい』職員には印を付け、電力マネーに浸った与党政治家に渡す。政治家は経産省上層部に職員をトバすよう求めるんです」。上層部人事は事実上、政府・与党が握っているから、出世したい幹部は政治家に迎合する。「実は昨年末の衆院選で、まだ野党だった自民党のマニフェスト作成に関わった再稼働推進派の経産省幹部すらいる。今は安倍政権に非常に近い人物です。もはや役人としての一線を越えている……」。覆面作家の顔が紅潮している。



 小説では、冬場の「爆弾低気圧」に覆われた北国の原発をテロリストが襲う。非常用発電機や電源車も動かせない暴風雪と酷寒の日、まさに「ホワイトアウト」状態の中、外部電源を支える送電線鉄塔を爆破して「第二の福島」を引き起こす。「今年7月に施行され『世界一厳しい』との触れ込みの新規制基準では、原発敷地内のテロ対策は盛られましたが、敷地外は手つかずのまま。その盲点を描きました」

 政府が再稼働や海外輸出の錦の御旗(みはた)にしている新規制基準の「穴」はまだある。「欧州や中国で導入されている最新型原子炉は炉心溶融に備え、溶けた核燃料を冷却する『コアキャッチャー』という仕組みがある。抜本的な安全策ではないが、万が一の際にかなりの時間稼ぎができるのです。これが日本の新規制基準では無視された。電力業界や役所、原子炉メーカーも高額の費用がかかるから国民に知らせない。今や世界的に見ても日本の原発の安全性が劣るのは明らかです」

 毎週末、首相官邸や霞が関で行われる脱原発デモ。彼らの声は庁舎の窓越しに若杉さんにも聞こえている。「恥ずかしながら私も福島第1の事故までは、原発があれほどの被害を出す危険な代物だとは思わなかった」。ぽつり漏らした。心情的には脱原発に共鳴する。だが霞が関の中にいるからこそ「デモをいくらやっても原発推進の流れは止められない。電力業界、役所、政治家のモンスターシステムを内部から変えない限りは」との思いが深まる。

 「まだまだ驚くべき事実はたくさんあるんです。こうした情報が国民に届けば、きっと世論のうねりが起きる。私が役所に残り続け、素性を明かさないのは、情報をとり続けるためです。さらに第二、第三の『若杉冽』を世に送り出すためにもね」

 若杉さんは再び街に溶け込んでいった。次回作の構想は「すでに固まりつつある」と言い残して。

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毎日新聞 2013年10月14日 東京朝刊

風知草:覆面官僚作家、現る=山田孝男


 ホワイトアウト(whiteout)とは、吹雪と濃霧の雪原で、視界が閉ざされることだと辞書にある。

 話題の新刊「原発ホワイトアウト」(若杉冽(れつ)、講談社)は、現役キャリア官僚の覆面筆者による小説仕立ての内部告発である。

 エネルギー政策に関する知識などから見て経済産業省のキャリア、それも課長級以上の幹部の造反である可能性が高い。自民党における小泉純一郎元首相の造反を見よ。原発推進勢力はなお強力だが、政府・与党の亀裂は深まり、動揺が広がっている−−。

 発売1カ月あまりで4刷5万部。遅ればせながら読んだ私の最初の感想は、筆者の斜に構えた語り口が引っかかるということだった。脱原発と原発推進がせめぎ合い、五里霧中、針路不明の「ホワイトアウト」状況の中、筆者は最後まで脱原発とは言わない。

 「告発ノベル」(同書の帯)「反核小説」(米ウォールストリート・ジャーナル紙9月19日付電子版)という割には率直さに欠け、もどかしいと感じた。

 だが、それも、現実を知る現役官僚ならではの屈折かと思い直した。再稼働を急ぐ推進派の反撃は強力だという現実である。

 先週まとまった経団連のエネルギー政策提言の素案にこう書いてある。

 「……原子力を引き続きベース電源として活用していくとの基本的な考えを政府のエネルギー基本計画に明記すべきである」

 原発ゼロ論議など歯牙にもかけぬ断定だ。エネルギー基本計画は数年ごとに見直される中期計画。安倍政権は年内に新計画をまとめる。現政権と経団連の関係から見て、提言は国の計画に影響するだろう。

 覆面作家は脱原発を鼓吹しないが、推進論の弱点を突いて鋭い。特に原発テロへの無防備を問い、平和利用なら危険なしという「平和利用ぼけ」をあぶり出す構成が出色である。

 原発は、送電線の中継鉄塔が倒壊するだけでメルトダウンに至る可能性がある。鉄塔を守れという議論は2011年の事故直後からあった。電力会社は送電線網の情報不開示などの対応をとってきたが、原発につながる1000本以上の鉄塔は今も無防備のまま放置されている。

 アメリカは核兵器と原発の維持管理に同じレベルのセキュリティーを施している。7日放映のNHKスペシャル「原発テロ/日本が直面する新たなリスク」の主題がこれだった。

 原発従業員の徹底的な身元調査、思想調査、武装警備員による厳戒にもかかわらず、原発や関連施設の敷地に部外者が侵入してしまうことはある……。

 覆面作家の筆が特にさえるのは、官僚の生態や政官界の慣行、官僚と業界、マスコミとのかかわりを描くディテールである。

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毎日新聞 2013年10月08日 

東京夕刊憂楽帳:「身内」からの警鐘


 9月に講談社から出版された「原発ホワイトアウト」が波紋を広げている。小説ではあるが、電力業界団体幹部や政治家、官僚たちが原発利権を巡ってうごめく様子を詳細に描いており、内部告発ではないか、というわけだ。

 著者は若杉冽(れつ)さん。ペンネームだ。「東大法学部卒、国家公務員1種試験合格、霞が関の省庁に勤務」とだけ記載されており、講談社広報室は「これ以上は明らかにできない」。自民党の河野太郎衆院議員はブログで「役所の中で犯人探しまで始まっているそうだ」と書き、元経済産業省官僚の古賀茂明氏はツイッターで「覆面で書いたのは、今後も現職のまま発信するという宣言」と予想した。

 作品の底流には「『世界一厳しい』と言われる新規制基準に盲点がある」というメッセージがある。著者を知る経産省関係者は「原発事故を招いた、しょく罪意識からよく勉強して書いた。説得力十分だ」と評する。

 政府は「安全が確認された原発は再稼働」と繰り返す。本当に安全か? 「身内」からの警鐘は重い。【小林直】

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