2011年2月20日 asahi

国宝の表面曇る 修復用の合成樹脂、数十年経て劣化

 国宝や重要文化財を含む、美術品や建造物などの修復に使われた合成樹脂が時間がたったことで劣化して曇り、絵画が見えづらくなるなどの被害が出ているこ とが、東京文化財研究所の調べで分かった。千件以上の文化財に使われたとみられ、被害は数百件以上ともいわれている。同研究所などが合成樹脂を分解する溶 液の開発を進めている。

 この合成樹脂は接着剤などに使われる「ポリビニルアルコール」。顔料がはがれるのを防ぐ効果があり、1940年代以降、美術品や建造物の修復で使われ た。しかし、数十年経つと、表面に細かい傷が入り、すりガラスのように灰色がかって曇ってしまったり、硬くなって絵が反り返ったりする被害が出ている。

 森田恒之・国立民族学博物館名誉教授によると、1980年代末ごろ、桃山時代の絵師・長谷川等伯(とうはく)一門が描いた京都・智積院(ちしゃくいん) の障壁画「桜図」(国宝)の表面が浮き上がり、反り返ったという。初期のポリビニルアルコールは不純物が入ることがあり、それが被害を起こす原因になった 可能性があると指摘する。

 同研究所によると、「桜図」以外に、奈良・元興寺(がんごうじ)の「板絵智光曼荼羅(いたえちこうまんだら)」(重要文化財)、東京・上野東照宮社殿(同)などでも被害が確認されているという。

 元興寺によると、「板絵智光曼荼羅」の補修にポリビニルアルコールを使ったのは昭和30年代。同寺文化財研究所の狭川真一研究部長は被害について、「研 究者が見てようやくわかる程度」という。同寺の辻村泰善(たいぜん)住職(58)は「当時としては最先端の技術を駆使したはず。より良い保存方法が見つか ることを期待したい」と話している。

問題発覚後、文化財の修復には、昔ながらの、海藻を原料にしたフノリ、デンプン、ニカワが主に使われるようになった。東京文化財研究所も対策を研究しており、大阪市立工業研究所が開発した合成樹脂を分解する酵素に着目し、修復に応用するための技術開発を進めている。

 東京文化財研究所保存修復科学センターの川野辺渉・副センター長は「塗ったことで保存された美術品、建造物もある。近く修復する方法が確立されると思う」と話している。