平成17年4月18日 経済産業省

2005年版 不公正貿易報告書 WTO協定から見た主要国の貿易政策
http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g50418a0_0j.pdf

中国 アンチ・ダンピング(AD)措置

[加盟に伴う約束]
 中国は、WTO加盟に伴い、AD 措置及び相殺措置に係る規則・手続をAD 協定及び補助金・相殺措置協定に整合化させることを約束している。
 他方、中国以外のWTO加盟国が、中国産品についてAD 措置又は相殺措置に係る調査を行う際の価格比較及び補助金額の算定に関し、中国を
「非市場経済国」として扱う特例(例、正常価額の算定に関し、第三国の国内価格及び生産コストを指標として用いることが可能、補助金を受ける者の利益の算定に関し、中国による供与条件ではなく、第三国における供与条件を勘案して利益額を算定することが可能。)が、加盟後15年間認められた。

(注)AD 協定は、「調査及び既存の措置の見直しであって、各加盟国について世界貿易機関協定が効力を生ずる日以後に行われる申請に基づいて開始されるものについて適用する」としており(18.3条)、中国についても加盟前の申請に基づく調査等についてはAD 協定の適用はないとも解されるが、AD協定9.3条の手続並びに同協定9.5条、11.2条及び11.3条に基づくレビューについては、加盟前の申請に係る措置についてもAD 協定が適用されること等が、明示的に約束されている。

[実施状況・問題点]
(1)AD 措置及び相殺措置に関する国内法制

 中国におけるAD 措置及び相殺措置に関する国内法制としては、1997年3月に制定された「アンチ・ダンピング及び反補助金(相殺措置)条例」(以下、「旧条例」という。)があった。中国は、上記約束に沿って、2001年11月に、「アンチ・ダンピング条例」(以下、「AD 条例」という。)及び「反補助金条例」を公布し、2002年1月1日から施行した(これに伴い、旧条例は廃止された。)。その後AD 条例は2004年6月1日を施行日とする改正を経て、全59条の条文が設けられている。
 AD 条例においては、用語の定義(ダンピング、国内産業への損害)、ダンピング・マージンの算定方法、損害の認定方法、AD 調査手続、AD税賦課手続、価格約束、各種公告手続等についてAD 協定に沿って詳細な規定が定められている。また、AD 条例の他、実施規則・細則として、以下のものが制定されている。

(実施規則・細則制定状況)
@ 旧対外貿易経済合作部(MOFTEC、現商務部)
  2002年1月22日施行「アンチ・ダンピング調査−公聴会暫定規則」
  2002年3月13日施行「アンチ・ダンピング調査−立案暫定規則」
  2002年4月15日施行「アンチ・ダンピング調査−実地調査暫定規則」
   (同上) 「アンチ・ダンピング調査−質問状調査暫定規定」
   (同上) 「アンチ・ダンピング調査−サンプリング暫定細則」
   (同上) 「アンチ・ダンピング調査−情報開示暫定細則」
   (同上) 「アンチ・ダンピング調査−公開情報検査閲覧暫定細則」
   (同上) 「アンチ・ダンピング調査−価格約束暫定細則」
   (同上) 「アンチ・ダンピング調査−新規輸出者見直し暫定細則」
   (同上) 「アンチ・ダンピング調査−税還付暫定細則」
   (同上) 「ダンピング及びダンピング・マージン見直し暫定細則」
  2003年1月13日施行「アンチ・ダンピング製品の範囲調整手続に関する暫定規則」
A 国家経済貿易委員会(SETC、現商務部)
  2003年1月15日施行「産業損害調査公聴規則」
B 商務部(MOFCOM)
  2003年11月16日施行「アンチ・ダンピング産業損害調査規定」

 AD 条例においては、「アンチ・ダンピング措置を回避しようとする行為を防止するために妥当な措置を講じることができる。」とした、安易な濫用を可能とし得る迂回防止規定(第55条)や「いかなる国(地域)も、中国に対して差別的アンチ・ダンピング措置を発動した場合、中国は実状に基づいて当該国(地域)に対して相応の措置を講じることができる。」とした報復措置規定(第56条)が盛り込まれるなど、依然としてWTO協定との整合性に問題がある箇所も存在している。これらについて、我が国の他、複数のWTOメンバーより、2002年10月に行われたWTOアンチ・ダンピング委員会(アンチ・ダンピング法制審査)において、WTO・AD協定との関係性を中心に質問がなされ、中国側から次のような回答があった。

・第55条については、「中国はこれまで迂回防止措置を適用したことはないが、迂回防止については、WTOにおいて長い間議論がなされていると認識しており、今後、WTOにおいて、新たなルールができればそれを完全に実施する。」
・第56条については、「中国はこれまで第56条を適用したことはなく、また、他国との間に問題が生じた場合、WTOの紛争解決手続を活用する。」

 反補助金条例は、補助金の定義及び相殺措置に関する規定を定めており、さらに実施細則として、「相殺措置調査書類調査暫定規則」、「相殺措置調査実地調査暫定規則」、「相殺措置調査立案暫定規則」、「相殺措置調査公聴会暫定規則」、「相殺措置調査公聴会施行規則」、「相殺条例」がそれぞれ施行されており、2002年の中国TRM でこれらの実施細則についてWTOへの通報を求めていたところ、2003年に一部がWTOへ法令通報された。
 今後とも中国側に通報を促し、中国のAD・相殺措置法制全体とWTO協定との整合性について継続的に明らかにしていく必要がある。
 また、2004年4月6日、対外貿易管理に関する最上位法規である「対外貿易法」の改正が10年振りに行われ、同年7月に発効した。AD・相殺措置に関する規定として、対外貿易調査条項、貿易救済条項が新たに設けられ、対外貿易上の調査実施項目・実施手順、調査結果に基づく救済措置の内容が明確に規定された。WTO加盟後の2002年1月から施行されているアンチ・ダンピング条例及び反補助金条例は、同法の下位法規にあたり、既に整備されていたこれら条例に併せる形で、対外貿易法は改正された。

(2)AD 措置の運用
 中国においては、旧対外貿易経済合作部(MOFTEC)が、価格調査を担当し、旧国家経済貿易委員会(SETC)が損害調査を担当していたが、2003年3月に行われた機構改革により、MOFTEC とSETC が統合され、新しく商務部(MOFCOM)が設置された。同部の下にAD 措置、相殺関税措置及びセーフガード措置に係る損害についての調査・認定等を担当する「産業損害調査局」と、ダンピング、補助金等の調査・認定、AD・相殺関税・セーフガード等に関する貿易関連規則の制定等を担当する「輸出入公平貿易局」が設置され、人員増強が図られている。
 中国のWTO加盟以前の旧条例の運用について見ると、米国、韓国、カナダからの新聞用紙、我が国及び韓国からのステンレス冷延鋼板等、2001年12月までの間に12の案件についてAD 調査又は措置を実施してきている。我が国の関連では、ステンレス冷延鋼板、アクリル酸エステル、ポリスチレン、カプロラクタムがAD調査の対象となった。
 このうち、ステンレス冷延鋼板については、2000年4月にダンピングの事実があったと認定する仮決定、12月に本決定がなされた。接着剤や塗料原料などに使われるアクリル酸エステルについては、2000年11月に仮決定、2001年6月にクロの本決定がなされた。家電製品の外枠などに使われる合成樹脂ポリスチレンについては、2001年初めからAD 調査が開始されたが、同年12月にある程度のダンピングがあったとの判断はしたものの、国内産業へ実質的被害を与えるものとは認めず、AD 調査を終了した。
 さらに2001年12月の加盟直前(12月7日)にナイロン系化学品であるカプロラクタムについて、AD 調査が開始され、2003年6月にクロの最終決定が出ている。
 WTO加盟後、2002年 月より施行されたAD 条例に基づき、23件のAD 調査が開始されており(2005年1月現在)、加盟前の数年にわたる調査開始件数に比してその数の急増が注目される。23件の内訳を見てみるとほとんどが素材型産業、特に内18件が化学品で占められており、特定業種によるAD の活用が浮き彫りになっている。我が国産品が調査対象に含まれている案件は17件であり、塗工用印刷用紙、無水フタル酸、スチレン・ブダジエン・ゴム(SBR)、ポリ塩化ビニル、トリレン・ジイソシアネート(TDI)、フェノール、ジフェニルメタン・ジイソシアネート(MDI)、エタノールアミン、光ファイバー、クロロプレンゴム、水加ヒドラジン、トリクロロエチレン、ビスフェノールA,ジメチル・シクロシロキサン、フランフェノール、ヌクレオチド類食品添加剤及びエピクロロヒドリンについてAD 調査が開始されている。このうち、塗工印刷用紙、無水フタル酸については、2003年8月、SBR、ポリ塩化ビニルについては2003年9月、TDI については2003年11月、フェノールについては2004年2月、エタノールアミンについては2004年11月、光ファイバーについては2005年1月にクロの最終決定が出され、AD 課税がなされている。MDI を対象とした調査については、2003年11月、申請人が中国国内市場が回復したこと等を理由に、調査申請を取り下げ、調査終了となっている。

<国際ルール上の問題点>
 我が国は、これまで中国調査当局に対し、WTO・AD 協定に整合的でないと考えられる点について、政府意見書の提出や中国政府関係者との協議等様々な機会を捉え、我が国の意見を伝えるとともに、改善の申し入れを行ってきている。
 これまで我が国が指摘した問題点のうち、例えば調査開始通知を被調査企業に行っていないことに関しては、直近のAD 調査では被調査企業に調査開始通知が行われる等、一定の改善が見られている。しかしながら、未だに中国のAD調査は、運用面において下記のようなWTO・AD 協定と不整合な点を多く含んでいる。

(1)中国調査当局は、損害の累積評価に際して、各国からの輸入の量が無視することができるものではないことを示す具体的証拠を提示せず、また、「輸入産品間の競争状態」及び「輸入産品と国内の同種の産品との間の競争状態」を示す具体的証拠を何ら提示しないまま累積評価を適当としている。
 例えば、これまで行われたAD 調査の決定文書によると、「関連する証拠書類を考察した後に、…物理的及び化学的特性、原材料の構成、生産工程及び産品用途等の点における被調査産品間及び被調査対象品と中国国内の同種産品との間の競争の状態が基本的に同一であると判断した。」とのみ記されており、何らの詳細な分析及び説明がなされていない。
 中国調査当局のこのような運用はAD 協定3.2条及び3.3条に不整合であり、更に3.1条に規定される「実質的な証拠」及び「客観的な検討」に基づいていない。

(2)中国調査当局は、損害の決定に際しての判断基礎としたデータの開示及びダンピング・マージンの算定の根拠としたデータや算定方法の開示を充分に行っていない。したがって、利害関係者は何らの有効なデータ分析をすることができず、反論できる範囲は限定的なものとならざるを得ず、自己の利益の擁護の機会が失われている。中国調査当局のこのような運用は、AD 協定3.1条、6.4条、6.5条、6.9条及び12.2条に不整合である。
例えば、これまで行われたAD 調査の仮決定文書においては、FA を適用した事実のみ記されており、どのようなデータを用いてどのような方法でマージンを算出したのかに関する何らの説明もなされていない。これは、
AD 協定12.2.1 Bに不整合である。

(3)中国調査当局は、国内の「同種の産品」の認定に際して、調査対象産品の品質・用途等を十分に精査しないまま「同種の産品」を認定している。
 例えば、これまで行われたAD 調査において、調査当局は、日本からの調査対象産品が調査対象期間中、中国では生産されていない場合や、中国国内市場で競合関係にない場合にも拘わらず、同種の産品及び当該産品へ損害を認定した。中国調査当局のこのような運用は、AD 協定2.6条に不整合である。

<最近の動き>
 2004年においても我が国は、2003年同様、中国のAD 調査に対し、政府意見書の提出や状況に応じて開催される公聴会への出席を通じ、WTO. AD 協定に照らし不整合な点を指摘し、改善を要請した。さらに、2004年5月の経済産業省・商務部次官級定期協議、12月の日中経済パートナーシップ協議等の二国間協議、10月のWTO・AD 委員会における中国TRM 協議の場の他、12月の化学品に関する日中官民対話等、様々な機会を捉え、中国に対して、現在のWTO協定に不整合なAD 調査の運用を直ちに見直し、WTO協定に整合的、かつ公正・公平なものに改善するよう要請を行った。特に、2004年10月に行われたWTO・AD 委員会における中国TRM 協議において、我が国は上記の中国のAD 調査の運用とAD 協定との整合性につき質問を発したところ、中国側から次のような回答がなされた。

・損害の累積評価については、AD 協定3条に整合的に実施している。まず、各国からの輸出量が無視できるものでないことは、各種統計等に照らして確認している。また、競争状況の要件についても、輸出産品と国内産品の物理的化学的特性、原材料の構造、生産プロセス、使用用途に照らして、専門家の意見も聞きながら十分に精査している。(これに対し、我が国より、中国調査当局の調査決定文書を読む限り、どのように当局が輸出産品と国内産品との間の競争状況を分析したのか等開示されていない。仮に適切な評価をしているのであれば、その評価の内容・経緯を開示して欲しい旨要望した。)
・情報の開示については、二つの国内規制(情報開示暫定細則、公開情報検査閲覧暫定細則)で規定しており、利害関係者に十分な情報アクセスの機会を与えている。重要事実の開示については、使用したデータ、拒絶されたデータを含め、正常価格、輸出価格、コスト、利益、ファクツアベイラブルにかかる様々な情報を含めることを国内規則が求めている。
 また、中国商務部内にあるパブリックリーディングルームにおいて、ダンピング認定関連の情報はすぐに入手可能であり、損害関連の情報も10日程度で閲覧可能となっている。
・同種の産品の認定について、中国は確実な証拠に基づいて認定しており、AD 協定2.6条に整合的に実施している。

 我が国としては、今後とも中国調査当局がWTO協定整合的に制度を運用するよう注視をしていくとともに、改善が見られない場合には、WTO協定に基づき取り得る手段の行使も視野に入れつつ、引き続き中国側に強く働きかけていく必要がある。