日本経済新聞 2007/11/4          世帯分離

知らないと損する 高額療養費制度 
 申請で一定額以上還付 「世帯合算」などで増額も

 高額な医療費がかかったとき、一定額以上を公的健康保険が還付してくれる「高額療養費」制度。使いやすいように4月に手続きを一部変更してから半年強が過ぎたが、いまだに制度の存在自体を知らない人も多く、申請漏れが多発している可能性がある。特に世帯の医療費を合算して払い戻す特例などは、あまり知られていないようだ。

A  高額医療費

          1ヶ月の医療費
←ーーー窓口負担(30%)ーー→ 公的医療保険で給付
自己負担
限度額
高額医療費
として還付

 「もっと早く知っていれば……」と嘆くのは香川県の佐々木和彦さん(仮名、45歳)。5年前に直腸がんの手術で入院。20数万円の医療費を支払った。高額療養費の申請をすれば、10数万円が還付されたはずだった。「最近この制度を知って社会保険事務所に問い合わせたが、時効だと聞いてあきらめた」

請求の時効は2年
 高額療養費制度とは、所得などによって自己負担限度額を定め、窓口で支払った金額との差額を還付するもの(図A,B,C)。患者1人ごと、1カ月ごと、診療報酬明細書(レセプト)ごとに計算する。時効は2年。サラリーマンに扶養されている妻は夫の所得区分が適用される。
 計算の仕組みはこうだ、例えば70歳未満の人の場合、通常窓口負担は3割。このため100万円の医療費がかかればまず30万円を病院で払う。しかし所得区分が「一般」なら本来の自己負担限度額は、図Bのa式から8万7430円となる。申請すれば窓口負担との差である21万2570円が還付される(Dの第1段階のA)。

B  1ヶ月当たりの自己負担限度額(70歳未満の場合)

上位所得者*1 15万円+(医療費-50万円)X1%
(*2 多数該当限度額8万3400円)
一般 8万100円+(医療費-26万7000円)+1% ・・・a式
(多数該当限度額 4万4400円)
低所得者
(市町村民税の
非課税世帯など)
3万5400円(定額)
(多数該当限度額 2万4600円)
*1 会社員などの健康保険は標準報酬月額53万円以上
  自営業などの国民健康保険は世帯の国保の被保険者の基礎控除後の総所得
  金額等の合計が600万円を超える場合。
*2 多数該当限度額はE参照  

C  高額療養費制度(70歳未満の場合)のポイント

1.各月の1日から月末までで、患者1人ごと、レセプトごと(病院ごと。一部病院では診療科目ごと)に計算。
  入院と通院も別々に計算。

2.差額ベッド費用や高度先進医療など保険診療外の費用や入院時の食費などは対象外。

3.入院の場合、事前に「限度額適用認定証」を受けて提示すれば窓口で自己負担限度額だけの支払いで済む。
  それがなければ、いったん窓口負担額を支払い、後で請求して差額の還付を受ける。

4.世帯合算の特例に注意。
  同一世帯で1人、1ヶ月、1レセプトあたり2万1000円以上の自己負担が2件以上ある場合は合算し、請求すれば
  自己負担限度額(所得によりBで算出)を超えた分を還付

 申請先は自分が属する保険の窓口だ。自営業者などが加入している国民健康保険なら市区町村、主に中小企業の社員などが加入する政府管掌健康保険なら社会保険事務所、主に大企業の従業輿が加入している組合管掌健康保険なら、会社の健保組合となる。
 3月まで70歳未満はいったん窓口負担を支払い、後で申請して還付を受ける仕組みだった。しかし窓口負担をいったん払うことが大変な患者も多かったほか、膨大な申請漏れの可能性もあった。そこで4月から、70歳未満の人の入院の場合も、自分の保険窓口で「限度額適用認定証」をもらい病院で提示すれば、最初から自己負担限度額の額を払うだけでよくなった。
 ただしこれも十分知られておらず、東京都のある病院では「認定証を持ってくるのは入院患者の一部の人だけ」という。それ以外の人は今まで通り窓口負担の額を払っている。制度を知らないままその後も申請せずに終わる人は今でもかなりいそうだ。
 政府管掌保険の場合「今年の春以降、本人に通知する仕組みにしている」(厚生労働省)。一方で国民健康保険に関し幾つかの市区町村に聞いたところ「きちんと通知している」「一切通知していない」など回答が分かれた。組合健保では通知しているところが多いが、対応はまちまちのようだ。「申請漏れを防ぐため、医療費が高額になったときは、自分の保険に必ず確認したい」(ファイナンシャルプランナーの深田まさ晶恵さん)

70歳以上も確認を
 制度そのものは知っていても「
世帯合算という制度(Cの4)を使いこなせている人は少ない」(社会保険労務士の小野猛さん)。同一世帯で2万1千円以上の自己負担が2件以上発生した場合は合算し、Bの計算式で出したその世帯の限度額を超えた金額を払い戻してくれる特例だ。

D  使いこなすには知識が必要

例)夫と妻はともに70歳未満で所得は一般(病院では認定証を提示せず)
通院 @3万円支払い(医療費10万円の3割負担)
入院 A30万円支払い(医療費100万円の3割負担)
通院 B6万円支払い(医療費20万円の3割負担)
通院 C6000円支払い(医療費2万円の3割負担)

さて、高額療養費の適用は?

(第1段階)
まず@ーCを個別にみると・・・
・@BCは適用なし……Bのa式で算出する自己負担限度額より支払いが小さいため
・Aは適用あり…Bのa式より、自己負担限度額=8万100円+(100万円-26万7000円)X1%=8万7430円
・戻ってくる金額は……30万円-8万7430円=21万2570円 (申請が必要)

   認定証をあらかじめ提示しておけば、窓口での支払いは初めから8万7430円でOK

(第2段階)
Cの4の
世帯合算の特例
(@ABは各2万1000円以上のため合算対象。Cは未満のため対象外

・世帯合算の自己負担限度額は
  8万100円+(10万円+100万円+20万円-26万7000円)X1%=9万430円
・認定証なしの場合、支払った額は 39万円
・戻ってくる額は 29万9570円 (申請が必要)

・認定証ありの場合、支払った額は 3万円+8万7430円+6万円=17万7430円
・戻ってくる額は 8万7000円 (申請が必要) 

 例えばDの事例の場合、夫の通院、夫の入院、妻の通院はそれぞれ2万1千円以上なので世帯合算の対象(子は2万1千円未満なので対象外)になる。対象となる医療費の合計は130万円なので、世帯全体の自己負担額は9万430円だ(Dの第2段階の計算式)。
 窓口で支払った金額は認定証を提示したかどうかで異なるが、どちらにせよ本来の世帯の限度額との差が還付される。ちなみにこの合算制度は「同一の人間が入院と通院でそれぞれ2万1千円以上の自己負担があった場合も対象となる」(深田さん)。
 4月から導入された認定証のことを知っていて「自分はきちんと高額療養費を使いこなしている」と思っている人も、もう一段階、世帯合算によって還付される可能性があることを知っておこう。

 こうした制度があっても、高額な医療費が毎月続けば当然自己負担額の累計も大きくなるため「
多数該当」という制度もある(図E)。過去1年以内の高額療養費の該当回数が4カ月以上になると、4カ月目からは所得に応じて自己負担限度額がさらに下がる(多数該当の限度額は表B下段)。ただ多数該当制度も申請が必要。「やはり自分で制度を勉強しておくことが重要」(深田さん)だ。
 ちなみに70歳以上は3月以前から入院については窓口で最終的な自己負担限度額だけ払えば良くなっていたが、通院や世帯合算、多数該当制度に関しては、一貫して70歳未満と同様に申請が必要だ。限度額算出の仕組みは70歳未満とは別。例えば所得が「(高齢者の)一般」の区分なら、同一月の通院にかかった累計額のうち1万2千円を超える額は還付してくれる。「制度を使いこなす恩恵がさらに大きい」(小野さん)といえる。

E  多数該当

高額療養費に該当する療養を受けた月以前の12ヵ月以内に高額療養費が支給された月数が既に3ヵ月以上ある場合、
4ヵ月目からは自己負担限度額が次のように軽滅(70歳未満の場合)

2007/10/28 日本経済新聞   

世帯分離の基礎知識
 医療・介護 負担減の可能性  同居でも可/「家計防衛」の手段に

 高齢者が、同居している子どもと住民票上の世帯を分ける「世帯分離」。介護、医療の費用は世帯ごとに計算するケースが多いため、費用負担減のために世帯分離に踏み切る人が出てきている。.メリツトと注意点を探ってみた。

 東京・杉並に住む室井仁さん(仮名、57).は2007年4月中旬、同居する母親(93)と住民票の世帯を分離し、仁さんと母親が共に「世帯主」になった。世帯分離を選んだのは、介護保険料の上昇がきっかけ。
 偶数月に約9万円ずつ支払われる年金から2ヶ月分の介護保険料が天引きされるが.「06年10月から、天引き額が6100円から1万700円に上がって驚いた」と仁さん。
 介護保険の第1号保険料(65歳以上)は3年ごとに見直される。06年4月から全国平均で前期比約24%上昇。室井さんが住む杉並区も、06-08年度の基準月額が前期の3千円から4千200円に上がつた。4、6、8月は住民税が確定しないため前年度と同額が仮徴収され、年度後半で値上げ分が一緒に徴収される。だから10月以降の負担がぐっと増したのだ。
 母親は世帯分離によって、どれくらい負担軽減できるのか。まずは介護保険料。表Aを見てほしい。母親が仁さんと同じ世帯なら、母親は住民税非課税、仁さんは課税なので保険料は第4段階。世帯分離すれぱ、1人世帯である母親は「世帯全員非課税かつ課税年金収入額80万円以下」の第2段階となり介護保険料は半減する。
 ただ介護保険料は毎年4月1日の世帯状況を基準に徴収されるため、4月中旬に世帯分離した母親に"効果"が出るのは08年度以降。仁さんは「3月中にしておけば…-」と悔しがる。
 一方、世帯分離で早速、軽減したのが介護サービス費だ。仁さんは母親を在宅介護するが、自宅を数日間空ける時などはショートステイを利用する。費用は被保険者が1割負担する施設サービス費、05年10月から自己負担となった居住費・食費だ。世帯分離で負担区分が「第2段階」に変わり、9月に1週間利用した時の負担額は「世帯分離前の半分弱になった」。

戸籍とは無関係
 世帯分離をするには、住民基本台帳法(住基法)に基づき、世帯主の「異動届出書」を提出する。社会保障に詳しい東京・杉並区議の太田哲二氏は「世帯分離というと『親子の縁を切る』などと勘違いする人がいるが、戸籍とは無関係のこと」と説明する。
 世帯が分離していても、要件を満たせば所得税や組合健康保険などの扶養対象にできる。例えば、所得税の扶養控除の1つ「老人扶養親族(70歳以上)で同居老親」の場合、親が重介護が必要な特別障害者なら所得税が最大133万円控除される。住民票上は別世帯であっても、同居していればこの控除を受けることができる。
 実際、前述の室井さんの母親の揚合、住民票上の世帯は分かれているが母親が低所得であるため、同居している仁さんの姉の組合健保の扶養であり、所得税の扶養控除の対象にもなっている。
 高橋雅さん(仮名、59)は十数年前、同居していた大阪市に住む母親(81)と、転勤を機に世帯を分けた。転勤を終えても住民票上は母親と別世帯にしていた。意図的な「世帯分離」とは異なるが、結果が大幅に軽減された。
 表Bにその一部を挙げた。母親の収入は年間約150万円の年金のみ。国民健康保険料の算出方法は自治体によって異なるが、大阪市は「平等割」「均等割」「所得割」の合計額だ。多くの自治体で所得が低い場合の軽減措置があり、高橋さんの母親の場合は「33万円以下は7割減額」という大阪市の規定に該当するため、6万9459円から、7割減額される。
 母親は8年前に脳出血を患い、身体障害者の認定を受けた。現在は老人保健施設(老健)に入所している。高額介護サービス費制度も世帯分離により1万5千円の限度額が適用される。雅さんは「母が同世帯だったら、老健に払う額は3倍弱になっていたはず」と胸をなで下ろす。

課税の有無が重要
 高齢者の社会保障負担はどんどん増している。05年10月以降、介護施設の居住費・食費は自己負担になった。さらに税制上の老年者控除が廃止され、公的年金等控除額が減額された。その結果、従来は非課税だったのに、課税対象となる世帯が激増した。表でも明らかな通り、住民税が非課税か課税で負担額は大きく変わる。ファイナンシャルプランナーの長沼和子さんは「世帯分離は"抜け道"ではなく、家計防衛のためにやむを得ない手段」と話す。
 世帯分離は多くの場合、費用面では有利になることが多い。ただ世帯で高額の医療費を払っている人が高齢者を含めて複数いる場合は、世帯合計で一定額以上の医療費を免除される制度がある。そうした場合などは、世帯分離とどちらが有利か社会保険労務士などに相談が必要だ。
 早稲田大学法学学術院の菊池馨実教授は「年金、介護、生活保護、健保、児童手当など社会保障の制度設計の大半が、世帯単位で行われている」と言う。介護保険の場合、基本は個人保険であるにもかかわらず、給付と負担は住基法上の世帯が基準。ここにひずみがあるとの指摘だ。
 その結果表Cのような矛盾も生まれゐ。世帯Aの世帯収入は夫婦合わせて230万円で世帯Bより多い。しかし夫婦ともに住民税非課税であるため、介護保険料負担は世帯Bより軽くなる。
 菊池教授は「家族は多様化している。世帯単位ではなく個人単位の負担と給付が求められるのではないか」と話す。世帯の概念は大きく揺さぶられ始めている。

A 室井さんの場合、世帯分離で負担はこう変わる

65歳以上の介護保険料(東京杉並区) 上段:年額、下段:月額
第1段階
基準年額
x0.4
生活保護または世帯全員が区民税非課税で
本人が老齢福祉年金を受給
2万160円
(1680円)
第2段階
基準年額
x0.5
世帯全員が区民税非課税で本人の合計所得金額と課税年金
収入額の合計が80万円以下
2万5200円
(2100円)
第3段階
基準年額
x0.75
世帯全員が区民税非課税で本人の合計所得金額と課税年金
収入額の合計が80万円超
3万7800円
(3150円)
第4段階
基準年額
本人が区民税非課税で他の世帯員が区民税課税 5万400円
(4200円)
第5段階
基準年額
x1.25
本人が区民税課税(合計所得金額200万円未満)
6万3000円
(5250円)
第6段階
基準年額x1.5
本人が区民税課税(合計所得金額200万円以上500万円未満) 7万5600円
(6300円)
第7段階
基準年額x1.75
本人が区民税課税(合計所得金額500万円以上) 8万8200円'
(7350円)
(注)介護保険料の基準年額、所得段階の設置方法は自治体によって異なる
 
 
老人保護施設、介護療費型医療施設の居住費・食費の負担限度額(月額)
利用者
負担区分
対象者 居住費(月額概算)
食費
(月額概算)
多床室 従来型個室 ユニツト型
準個室
ユニツト型
個室
第1段階 介護保険料
の段階区分
と同じ
0円 1万5000円
(特養などは1万円)
1万5000円 2万5000円 1万円
第2段階 1万円 1万5000円
(同1万円)
1万5000円 2万5000円 1万2000円
第3段階 1万円 4万円
(同2万5000円)
4万円 5万円 2万円
第4段階 住民税
世帯課税
利用者と施設の契約なので金額はさまざま。
下記は厚生労働省が示した基準額
1万円 5万円
(同3万5000円)
5万円 6万円 4万2000円
(注)施設によって特別な室料や食費がかかる場合がある

 

B 高橋さんの母親の場合

国民健康
保険料
平等割(世帯ごとに負担) 4万3895円
+均等割(世帯の被保険者数に応じて計算)2万5564円x1人
+所得割(被保険者の所得に応じて計算)ゼロ
.=6万9459円→7割を減額=2万837円
高額介護
サービス料
「世帯全体が住民税非課税で、本人の合計所得金額と課税年収額の
合計が80万円以下」の場合
=利用者負担(1割)の限度額ひゃ1万5000円


C 逆転現象が起こる可能性も

  年金収入 介護保険料の段階
世帯A
(計230万円)
夫 160万円
妻  70万円
夫 第3段階
妻 第2段階
世帯B
(計220万円)
夫 220万円
妻 0円
夫 第5段階
妻 第4段階
 
    (神戸市が作成した資料より抜粋)