日本経済新聞 2005/3/31-4/1

NTT民営化20年

乏しい危機感 変革の敵はグループ内

 NTTは4月1日に民営化20年を迎えた。この間、国庫への貢献や料金低下で一定の成果を出した。しかし、市場環境の激変で競争政策の効果は薄れ、NTT自身の変革の方向も見えない。時代の節目にさしかかった通信の巨人は次の一歩を踏み出せずにいる。

通信自由化の歩み

1985/4

・日本電信電話公社民営化
・第二電電(DDI)発足
・KDD国際電話料など値下げ

  88/7

・NTTデータ分離

92/7

・NTTドコモ分離

99/7

・NTT再編成

2000/9

・NTTコム、米ベリオ買収

10

・DDI,KDD,IDOが合併してKDDIに

01/9

・ソフトバンク、ADSLサービス「ヤフーBB」開始

04/7

・ソフトバンク、日本テレコム買収

12

・日本テレコム、割安固定電話サービス開始

05/1

・NTT東西、固定電話基本料値下げ

3

・NTT東西、固定電話加入権料値下げ

▼5つの作業部会
 NTTは2月、持ち株会社主導で5つのワーキンググループを設置した。グループ各社の副社長級がリーダー役で「映像、ポータル(玄関)サイトのサービス開発」「通話以外の新規事業開発」などをテーマにする。グループを挙げてサービスや組織を総点検する。

 IP(インターネットプロトコル)の普及で固定通信は3年間で1兆円という減収ぺ−ス。携帯電話も「ここ数年がピーク」との見方が強い。ビジョンを共有せず、重複してサービスを手掛けるなどグループ内対立も目立つNTTに、ようやく焦りが見え始めた。 
 新年度のスローガンは「未来への挑戦」。法改正につながる組織の再編は困難だが、持ち株会社の和田紀夫社長は「1年後に何も変わってなければNTTの存在価値はないとの覚悟」という。
 目指す変革の敵はグループ内にある。昨秋、グループ内である対立が持ち上がった。日本テレコムなどが割安固定電話サービスの開始を表明したことが発端だった。
 「このまま指をくわえて見ていろというのか」。長距離通信の顧客減少を恐れたNTTコミュニケーションズ(NTTコム)の幹部がライバルと同じサービスの開始を認めるよう主張。基本料収入を奪われる立場の東西地域会社は反発し、新サービスは見送られた。

▼総論賛成、各論反対
 各社はそれぞれに雇用問題などを抱える。総論には賛成でも、自社の収益に直結する各論には反対の声が強い。各社の役割を整理するための議論が起こるたび、結論は先送りになってきた。
 和田社長が新年度に向けて改革の意欲を強めているのは、ようやく持ち株会社の求心力が高まってきたという手応えからのようだ。就任後の3年弱で五大事業会社のうち3社の社長が若返った。自分の出身母体である労務畑の経験がある首脳も多い。得意の人事手腕を駆使し、大なたを振るう準備は整えつつある。
 しかし、巨大組織を変えるには、社内に危機感という膨大なエネルギーが蓄えられていることが条件だ。その危機感を鈍らせかねない“フォローの風”も吹き始めた。
 NTTグループでは、団塊の世代の定年退職により、ピーク時には年間7千人にも及ぶ規模の退職者が出るとみられる。固定費負担が軽減され、利益を下支えする。
 光通信回線を巡ってNTTを縛ってきた規制の見直し機運も出てきた。総務省は光回線の一部について他社への貸出料金を自由化する検討を始めている。仮に、光回線でフリーハンドを得れば、次世代インフラでの優位は磐石となる。
 「この会社は一度沈没しないと変われない」。民間出身の初代社長、真藤恒氏はNTTの官僚体制をこう喝破したという。和田社長は真藤氏の目にも難事業と映ったぬるま湯の中での改革に挑むことになる。


変わる競争軸 IP時代描けぬ将来像
 
 日本電信電話公社の民営化とそれに続く上場への議論が華やかなりしころ。東京・目白の田中角栄元首相宅を訪れた電電公社の若手社員は、政界の実力者が語る見通しのスケールに言葉を失った。「電電公社の民営化による国の財政への貢献は10兆円を下らない」

▼市場規模16兆円強に
 1社の株式売却額で当時の東証二部の時価総額7兆円強をはるかに上回る規模に達するとの予言。今は幹部となった若手社員はその正確さに改めて驚いている。現在までに国に入った株売却額は延べ約13兆5千億円。このほかに配当が1兆円、民営化で新たに発生した租税負担は6兆6千億円に上った。
 「料金が下がり、市場が広がった意味は大きい」。96年から郵政省(現総務省)事務次官を務めたKDDIの五十嵐三津雄会長はもう一つの意義を力説する。
 20年間でNTTの売上高は2倍強に増える一方、人員は約10万人減った。東京−大阪の平日昼間3分間の通話料は民営化当初の400円から80円にまで下がった。
 携帯電話の普及もあり、市場規模は85年度の3倍強の16兆1千億円強に拡大した。ブロードバンド(高速大容量)通信の主力回線と目される光ファイバー通信回線の加入者数は業界で200万件を超え、他国を圧倒。通信事業の効率化、競争力強化でも一定の成果を上げたように見える。
 NTTのコストを削り、他社への回線貸出料を引き下げることで料金競争を促すーー。これが過去20年の競争政策の核だった。KDDIなど新電電各社は貸出料とサービス価格との差額でもうける仕組み。しかし、IP(インターネットプロトコル)化による固定通信需要の急減でこの前提は崩れた。05年3月期にKDDIの固定通信事業は赤字に転落する。
 しかも、IPが引き起こしつつある変化は競争の枠組みを根底から覆す可能性を秘める。例えば、ルクセンブルクの企業が無償で提供している通信ソフトウェア「スカイプ」。音声をパケットと呼ぶデータに小分けしてネットで送信する。利用者同士なら通話料は無料だ。

▼通信は3度目の節目
 NTT幹部は「既存のインフラにただ乗りしている」と憤慨するが、技術の進歩と、それを欲しがる利用者の動きを押しとどめることはできない。電話という事業モデルが崩れる恐れもある。通信自由化でも崩れなかったNTTの一強体制が続く保証はない。
 「通信は自由化、NTT再編に続く三度目の節目を迎えている」。NTT持ち株会社の和田紀夫社長は市場環境が大きく変わりつつある現状をこう分析する。
 NTTグループでは、特殊法人として規制に縛られる東西地域会社をIP時代にも確実に需要のあるインフラ事業に専念させ、サービス分野は規制外の事業会社に集約するといった議論が繰り返されている。しかし、サービス事業で覇権を握る戦略は見えず、NTT自身も将来像を描ききれない。