毎日新聞 2009/3/17

2020年までの温室効果ガスの削減目標 達成へ
 検討進む中期目標 環境と経済 どう両立 今月下旬検討委が報告

 2020年までの温室効果ガスの削減目標を話し合う政府の中期目標検討委員会(座長・福井俊彦前日銀総裁)が今月27日、地球温暖化問題に関する懇談会(座長・奥田碩トヨタ自動車相談役)へ削減案を報告する。これを受け、政府は6月までに目標を決定し、その後、国連気候変動枠組み条約締結国会議に方針を示す。年末にはデンマークで同15回会議(COP15)があり、各国の目標を踏まえた「京都議定書」に続く13年以降の粋組みが協議される。途上国と先進国が協調し、環境と経済をどう両立させるか。検討が進む中期目標を考える。

「長期」の適否占う節目
 日本は昨年6月、福田康夫首相(当時)が50年までに現状比60〜80%削減の長期目標を示した。欧州連合(EU)は以前から90年比60〜80%削減を先進国目標に掲げている。従って中期目標は長期目標の達成を占う節目となってくる。
 既に委員会は検討のたたき台として、90年比@6%増A2%減〜7%増B4%減C-T17%減〜1%減C-U17%減〜16%減C-V25%減ーの6案を公表している。温室効果ガスの抑制・削減には省エネ技術が利用され、その技術を導入するには開発費や購入費がかかる。従って各案は技術や費用の見方で違っている。@は現在の技術が無理なく発展し電気製品や設備が改善され、耐用年数に応じて買い替えや更新が進むとする想定で「努力継続ケース」と呼ばれる。AはEUの90年比20%減、米国の同増減 0という中期目標の達成費用と同じ費用をかけるケース。Bは最先端技術を可能な限り取り入れて削減に努めた場合の「最大導入ケース」。Cは先進国全体でで25%減とし、その際の削減努力を各国同等にする考えで、物差しの違いから3つに分かれている。Tは各国同額で対策を行うケース。Uは国内総生産(GDP)当たりの対策費用が均等、Vは日本を含め25%を削減するというものだ。現在、委員会は懇談会へ報告する案の絞り込みをほぼ終えたと見られる。

対策 (エネ研)

  太陽光発電 次世代自動車 省エネ住宅 高効率給湯器
@ 現状の4倍
住宅:130 万戸(455 万kW)
工場・ビル:120 万kW
新車販売の10% 次世代省エネ基準(平成11年基準)を
満たす住宅が、
新築住宅の70%、新築建設物の80%
現状の約70 万台から
約900 万台まで普及
B  現状の10 倍
住宅:320 万戸(1120 万kW)
(新築持家住宅の7割)、
工場・ビル:300万kW)
新車販売の50%、
保有台数の20%
新築住宅の80%、新築建築物の85% 約2800 万台まで普及
D 現状の約40倍
住宅:1000 万戸(3500 万
kW)
(新築持家住宅すべて、
既築も毎年60 万戸)
工場・ビル:2100 万kW
新車販売の100%
保有台数の40%
新築住宅の100%
(既築はすべて平成4年基準に改築)、
新築・既築建築物の
100%
約4400万台
(全世帯の9割)まで普及
E 同上 同上 同上 同上


影響   @がベース

  実質GDP 押下げ 民間設備投資
(2020 年で)
失業者増加 世帯当たり
可処分所得押下げ
(2020年所得)
家庭の光熱費
支出増加
(世帯当たり、年)
2020 年までの
累積
金額 失業者 失業率 金額 金額
B 0.5〜0.6% −1〜
 +3 兆円
−0.8〜
 +3.4%
11〜
 19 万人
0.2〜
 0.3%
4〜
 15 万円
0.8〜
 3.1%
2〜
 3 万円
13〜
 20%
D 0.8〜2.1% ±0〜
 +8 兆円
−0.2〜
 +7.9%
30〜
 49 万人
0.5〜
 0.8%
9〜
 39 万円
1.9〜
 8.2%
6〜
 8 万円
35〜
 45%
E 3.2〜6.0% −13〜
 +11 兆円
−11.9〜
 +12.5%
77〜
 120 万人
1.3〜
 1.9%
22〜
 77 万円
4.5〜
 15.9%
11〜
 14 万円
66〜
 81%

  

@ 既存技術の延長線上で機器・設備の効率が改善し、耐用年数を迎えた時点で機器等の入れ替わりが進むケース
[1990年比+6%、2005年比−5%]

A 諸外国が発表している中期目標と限界削減費用が同等となるケース
 [EU−20%(1/3がCDM)と同等: 1990年比±0%〜+7%、2005年比−11%〜−5%]
 [米±0%と同等: 1990年比−2%〜+7%、2005年比−13%〜−5%]

B 強制的な手法によらず実現可能な最先端技術の最大導入ケース[1990年比−4%、2005年比−14%]

C 先進国全体の温室効果ガス(GHG)削減率が1990年比−25%であって、先進各国が等しく削減努力を行うケース

○ 限界削減費用が均等[1990年比−12%〜−1%、2005年比〜−22%〜−12%]

○ GDP当たりの対策費用が均等[1990年比−17%〜−16%、2005年比−27%〜−26%]

○ 日本の削減率も1990年比−25%[1990年比−25%、2005年比−30%](
GHG全体の削減率

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tikyuu/kaisai/index.html  

エネ研

  @ B
太陽光 130万戸(140万kL)まで普及
(現状の4倍)
新築住宅の7割設置320万戸(350万kL)まで普及
(現状の10倍)
風力 現状の約4倍(164万kL)まで導入 現状の約5倍(200万kL)まで導入
次世代自動車
【乗用車】
トップランナー制度による効率改善 新車販売の50%に導入
ストックでは20%まで普及
省エネ住宅 最も厳しい基準(平成11年基準)を満たす住宅が、新築住宅の8割 最も厳しい基準(平成11年基準)を満たす住宅が、新築住宅の8割
高効率給湯器 高効率給湯器(ヒートポンプ、潜熱回収型)、コジェネ(含燃料電池)を現状の2.5倍まで普及。
なお、新たに販売される家電製品については、トップランナー制度により最高水準を達成
高効率給湯器(ヒートポンプ、潜熱回収型)、コジェネ(含燃料電池)を現状の約70万台から2800万台まで普及

 

◆2020年の温室効果ガスの削減目標案◆
選択肢 1990年 比 2005年  比   最先端断熱住宅 電力需要見込み
@現状技術の改善や効率向上
  130万戸 164万kl
  (ともに現状の4倍)
+6% -5% 現在の技術が無理なく発展し電気製品や設備が改善され、耐用年数に応じて買い替えや更新が進むとする想定
「努力継続ケース」
  1兆971億キロワット時
A欧米中期目標と同等の費用 -2%〜
+7%
-13%〜
-5%
EUの90年比20%減、米国の同増減 0という中期目標の達成費用と同じ費用をかけるケース。   9777億キロワット時
B最先端技術の最大導入
  320万戸  200万kl
-4% -14% 最先端技術を可能な限り取り入れて削減に努めた場合の「最大導入ケース」 新築の8割  
C各国同等努力による先進国全体で25%削減          
T 対策費用が各国同額 -12%〜
-1%
-22%〜
-12%
各国同額で対策を行うケース。 新築の100%  
U GDP当たり対策費均等
   660万戸  400万kl
-17%〜
-16%
-27%〜
-26%
国内総生産(GDP)当たりの対策費用が均等   9835億キロワット時
V 各国一律25%削減
   1770万戸 400万kl
-25% -30% 日本を含め25%を削減 +既築の100%改修 8480億キロワット時

※CV以外は二酸化炭素排出量の削減率。
  選択肢の下の数字は左が太陽光発電住宅の想定普及戸数、右が風力発電の想定導入規模(原油換算)

 

2009/3/27

◆2020年の温室効果ガスの削減目標案◆

選択肢 1990年 比 GDP押し下げ
(20年までの累積)
失業率
(2010〜20 年平均)
可処分所得
(2020)
@現状技術の改善や効率 +4%  
A欧米中期目標と同等の費用 -3%〜
+0%
     
B最先端技術の最大導入 -7% 0.5〜0.6% 0.2〜0.3%増 4〜15万円ダウン
C各国同等努力による先進国全体で25%削減        
T 対策費用が各国同額        
U GDP当たり対策費均等 -16%〜
-15%
0.8〜2.1% 0.5〜0.8%増  
V 各国一律25%削減 -25% 3.2〜6.6% 1.3〜1.9%増 22万〜77万円ダウン

3月27日午後、首相官邸の中期目標検討委員会が開催された。

これについて、地球温暖化問題に取り組むNGOの代表が同検討委員会の検討状況について、厳しく批判するコメントを発表した。

1. CO2排出量を90年より増やすオプションや京都議定書の目標値よりも低いオプションが提案されており、日本としての低炭素社会づくりへの意欲が全く見られない。科学の要請に反し、国際交渉の足を引っ張るもので、後ろ向きの提案である。
2. 対策費用ばかりが負担として強調されているが、対策をとらない場合の悪影響へ対応する費用との比較は全く考慮されていない。
3. 温暖化対策によるエネルギー削減で得をする費用が、モデルによっては過小評価されている。
4. 新たな温暖化対策費用追加による雇用創出効果、内需拡大の経済効果が全く考慮されていない。
5. そもそも温暖化防止のために何がどこまで必要なのかというバックキャスティングの発想で議論が行なわれていない。中期目標については、地球の平均気温上昇を産業革命前に比べ、2℃よりはるかに低く抑えるため科学的に整合した野心的な削減目標(1990年比25〜40%削減)を掲げるべきである。
6. これまでの議論に市民社会の参加・関与が全く認められておらず、産業界の主張に偏った議論が行なわれている。今後のプロセスについては、市民・NGOの参加を確保すべきである。

 

重要な電力需要見込み
 削減案の検討には燃料の燃焼に伴うエネルギー起源二酸化炭素(CO2)の排出量をどれくらい削り、1トン当たりのCO2削減費用をどの程度にするかという目標水準の設定がある。さらに石炭、石油、原子力、新エネルギーなどの電源構成、太陽光発電・断熱住宅の導入戸数、次世代自動車の販売台数、原子力発電の稼働基数及び稼働率など対策技術の普及程度、産業部門や運輸部門の生産量や活動量という要素が加わる。その上で削減案が達成された場合のGDPの増減、雇用や家計への影響などの分析も加えられている。
 削減幅を考える上でポイントとなるのが電力の需要見込みだ。6案のうち@Bは経済産業省の「長期エネルギー需給見通し」に基づいている。@が1兆971億キロワット時、Bが9777億キロワット時を想定。電力会社の供給計画による見通しは17年度で1兆1034億キロワット時なので@に近い。国立環境研究所(国環研)のモデルではC-Uのケースで9835億キロワット時、C-Vで8480億キロワット時としている。
 削減幅が大きければ、当然、需要見込みは低く、Bの最大導入ケースも国環研分析も大幅な省エネ実現を前提としている。最先端断熱住宅の普及を最大導入ケースは新築の8割、国環研のC-Tは新築の100%、Vはこれに既築の100%改修を加えている。新築の3割という05年実績からはかなりの急拡大に映る。ヒートポンプなど高効率給湯器の家庭への導入台数も05年の70万台に対し、最大導入ケースは2800万台、UVはともに全世帯の9割に相当する4430万台と飛躍的な普及を描く。最大導入ケースとUの需要見込みは近いが、太陽光と風力発電の普及予想が2倍違うため、削減幅に大きな差が出ている。
 ただ、実際のエネルギー消費量は過去15年間で業務部門が50%、家庭部門が30%増加している。電力10社などで構成する電気事業連合会の森詳介会長は「電力需要を著しく低く抑えこんだシナリオでは供給不足が生じるおそれもある」と述べ、大幅な新エネルギーの導入や省エネを前提にすると、安定供給のリスク要因となると訴えている。

不可欠な途上国の協力
 一方で中期目標には国際交渉をにらんだ観点も求められている。EUは先進各国との協調が図れれば、目標を30%に引き上げるとし、米国もオバマ政権になり環境政策の重視を表明。また科学者らによる気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「先進国全体で25〜40%削減」をシナリオの一つに示す。中国、インドなどの途上国は「温暖化を招いたのは先進国」とする態度を捨てていない。国環研の増井利彦・統合評価研究室長は「我々のモデルは技術を積み上げたもので、実現不可能ではない。温暖化抑制には途上国の協力が不可欠であり、先進国として高い目標を迫られた時に設定していませんでは笑いものになる」と、25〜30%の削減は可能と見る。
 一方、地球環境産業技術研究機構(RITE)の秋元圭吾・システム研究グループリーダーは「EUや米国の中期目標では1トン当たりのCO2削減費用は40〜50ドル。日本が25%削減するには400ドルもかかる。こうなると海外から排出権(クレジット)を買うという国富の流出を招きかねない。4%減のケースで100ドルぐらいと見ており、ここらが適当ではないか」と、欧米の削減費用を上回る最大導入ケースで交渉をリードできると話す。
 海外に比べ省エネが進んでいると言われる日本。排出量が多いとされる製鉄業界でも、国際エネルギー機関(IEA)が昨年、日本の鉄鋼生産のトン当たりCO2を欧米の半分とするデータを公表。最近では途上国への省エネ技術支援にも力を入れている。電力業界もまた、電気使用1キロワット時のCO2排出量(排出原単位)が原子力発電を主力とするフランスや、水力が6割のカナダに次ぐ低さで、環境への取り組みは他国をリードしてきた。産業界は総じて最大導入ケースでも相当に厳しいとの認識で一致しており、経団連は「不公平な目標は国民に過大な負担を強い、産業の国際競争力を低下させる」と、削減負担の公平性を強く求めている。

バランス取れた設定を
 温暖化問題は、とかく環境派ど経済派の対立構図でとらえられてきた。その代表格が環境省と経産省と見る向きもある。こうした見方に増井氏は「産業界も思いは同じはずで、協力なしには対策は進まない」と話し、秋元氏は「双方の開きは削減費用をどう見るかにあったが、認識は一致してきている」と見ている。
 気象庁によると、大気中のCO2濃度は現在380ppm。産業革命以前から4割近い上昇という。IPCCは「25〜40%削減」で、350〜400ppmの現状水準に収まるとしている。だがこれには将来のCO2増加をまったく見込んでおらず「非現実的」との指摘もある。実際、破局的な濃慶が何ppmなのかは明らかにはなっていない。具体的対策や国民負担などを明示した環境保全と経済活動が調和する目標が望まれている。