日本経済新聞 2006/7/19-

資源ウォーズ 企業の攻防

スーパーメジャー胎動 5兆円買収の活路

 資源業界で史上最大級のM&A(企業の合併・買収)がうわさされている。アルミニウム世界最大の米アルコアをBHPビリトンやリオ・ティントといった英豪系の鉱山会社が買収する、という観測だ。関連会社も含めた買収総額は500億ドル(約5兆7500億円)。JPモルガンはリポートで「(英豪系の)両社にはアルコア買収の余力がある」と指摘した。
 アルコアのベルダ最高経営責任者(CEO)は「何のアプローチもない」と否定するが、金融界ははやし立てる。BHPビリトンがブラジルのアルミ精錬所への出資を見送ったことで「次の買収の準備を整えた」(クレディ・スイス)といった見方も浮上した。
 BHPビリトン、リオ・ティントはブラジルのリオドセとともに鉄鉱石などで圧倒的なシェアを握る「資源メジャー」。今春には日欧のメーカーと鉄鉱石価格の大幅な値上げで合意し、世界最大の鉄鋼生産国である中国を出し抜いた。アルコアと経営統合すれば、石油のエクソンモービルのような「スーパーメジャー」が誕生する。
 しかし、「資源メジャー」の膨張は危機感の象徴でもある。豪州のBHPと英国のビリトンが合併したのは2001年。BHPは1999年に市況悪化で米国での銅山事業から撤退、当時としては豪企業史上最大の損失を計上した。ビリトンとの統合は相場の乱高下に耐えうる企業体質を築く「生き残り策」だった。
 合併当時、CEOだったポール・アンダーソン氏は「将来、世界の資源産業界は数社の大手メジャーに統合されるだろう」と語り、さらなる業界再編を予言していたという。BHPビリトンは05年にウラン埋蔵量で世界最大とされる鉱山会社を買収。川下の製鉄部門は次々と切り離し、体質強化を急いだ。
 中国という巨大な顧客の出現は2年間で2倍という鉄鉱石価格の急騰を招いた。BHPビリトンも2年連続の最高益を記録したが、同時にマーケットの「非情さ」も知り抜いている。中国の需要がいつまでも安定している保証はない。資金が潤沢なうちに規模の優位性を高めるため「5兆円買収」という空前のシナリオも視界に入る。
 6月には非鉄業界でもう一つの「5兆円買収」が表面化した。米国のフェルプス・ドッジがカナダのインコとファルコンブリッジを買収することで合意した、と発表。総額は400億ドル(約4兆6千億円)に達する。しかし、ファルコンブリッジ買収をあきらめないスイスのエクストラータが条件を引き上げた。インコにもカナダのテックコミンコによる買収観測が浮上。有力5社が入り乱れる。
 インコとファルコンブリッジの労組代表はカナダの国会議員に「カナダ政府ばカナダの資源を市民と国のために守る義務がある」と訴えた。天然資源が他国企業の手に渡ることを警戒する議員も少なくない。「スーパーメジャー」をめざす企業は競合他社だけでなく「政治」というもう一つのハードルも越えなければならない。


BHPビリトン (BHP Billiton) は世界最大の鉱業会社である。 2001年にオーストラリアの会社であるブロークン・ヒル・プロプライエタリー会社(BHP)と英国とオランダの会社で南アフリカで大規模に操業する会社である:ビリトンの企業合併により形成された。 現在、同社は二元上場会社である。オーストラリアの BHP Limited と英国の BHP Billiton Plc はそれぞれオーストラリア証券取引所(ASX)とロンドン証券取引所(LSE)で別個に取引され、別々の株主集団をもつが、同一の取締役会と単一の経営構造により単一の事業体として営業する。 オーストラリア側の会社は事業全体のうち約60%とメルボルンの総本社を保有する一方、ロンドンには副本社がある。

同社は多様な採掘と加工の操業を行う。鉄、ダイアモンド、石炭、石油、ボーキサイトをはじめとして他の金属や鉱産品を取り扱う。従業員の総数は38,000人である。同社の2004年の収益は228億8700万米ドルであった。

2005年3月、同社は73億米ドルにおよぶ鉱業会社WMCリソーシズの友好的買収提案を発表し、5月末現在株式の55%を保有してグループ企業とした。


リオ・ティント (Rio Tinto) は多国籍の鉱業・資源グループである。1995年に英国に本拠をおく鉱業会社 RTZ とオーストラリアの CRA の合併により成立した。二つの会社は別個の会社として残り、オーストラリア証券取引所には改称された Rio Tinto Limited が上場し、ロンドン証券取引所には Rio Tinto Plc が上場している。しかし両社は同一の取締役会により単一の経済単位として経営され、両社の株主は同じ投票権と配当受領権をもつ(二元上場会社)。RTZ の株主は全体の76.7パーセントを保有し、会社は基本的にロンドンから経営される。


フェルプス・ドッジ(正式名称:Phelps Dodge Corporation:略称 PD)は、チリのコデルコ社と並ぶ銅生産における最大級の企業。本社は米国アリゾナ州フェニックス。

他、金、銀、モリブデン、レニウムを扱う鉱山会社であり、ことにモリブデンとレニウムについては、世界最大の生産者となっており、この2品種は銅の副産物であることもあるが、市況の高騰により銅クレジットの低減に役立っている。モリブデン部門については、クライマックス社という関連会社が業務を担当している。


2006/6/27 ロイター

米フェルプスドッジ、加インコとファルコンブリッジを買収

 米産銅大手フェルプス・ドッジは、
カナダのニッケル大手インコファルコンブリッジを総額約400億ドルで買収する方針を発表した。ニッケル世界最大手、銅生産では世界第2位の企業が誕生する。
 フェルプス・ドッジは現金と株式の組み合わせでインコを1株当たり80.13カナダドルで買収する。ファルコンブリッジ買収で合意しているインコは、買収価格を1株当たり62.11カナダドルに引き上げた。
 統合後の社名は「フェルプス・ドッジ・インコ」とし、本社は現在のフェルプス・ドッジと同じアリゾナ州フェニックスに置く。フェルプス・ドッジのスティーブン・ウィスラー最高経営責任者(CEO)が会長兼CEOに就任し、インコのスコット・ハンドCEOは副会長、ファルコンブリッジのデレク・パンネルCEOはインコ・ニッケルの社長になる。
 3社は、統合によって2008年までに年間9億ドルの費用節減が見込めるとしている。


エクストラータ社 (XSTRATA plc)

本社 スイス・ツーグ
主要事業 石炭開発、非鉄金属開発、製錬、クロム・バナジウム合金、製錬技術
〔鉱種〕 〔Cu,Zn,Pb,Au,Ag,Cr,V,原料炭,燃料炭〕


テック・コミンコ社 (Teck Cominco Limited)

本社 カナダVancouver
主要事業非鉄金属鉱山・製錬、原料炭
〔鉱種〕 〔Cu,Zn,Pb,Au,Ag,Mo,In,原料炭〕

「脱石油」で皮算用 新市場にひずみも

 大豆加工から起業し大手穀物商社として百年余りの歴史をもつ米企業アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)が4月末、石油大手シェブロンのウォルツ元上級副社長を最高経営責任者(CEO)として引き抜いた。狙いはエタノール事業を柱とするエネルギー企業への脱皮だ。
 ADMは米国内のエタノール市場の3割をすでに握る最大手。1980年代には「エタノールのエクソン」ともてはやされたが、90年代にはエタノールが環境規制の対象になると騒がれて市場が縮小した。エタノールの魅力も怖さも知るADMが大物獲得に動いた背景にはブッシュ政権が吹かせた追い風がある。
 今年2月、ブッシュ米大統領の発表したガソリン消費の抑制策は三つ。エタノールの利用拡大、ハイブリッド車の改善、水素技術の確立だ。この中で「エタノールは最も早く成長する」と指摘。ADMのウォルツCEOも「我々の投資は活発に推移する。今が重要な機会だ」と認める。
 中国の台頭で上昇するエネルギー価格。今月になってイスラエルのレバノン攻撃で原油相場は一時、1バレル78ドル台の史上最高値をつけた。「ブッシュ政権がイラク戦争を強行したため中東情勢をより緊張させた」という指摘もある。天井のみえないマーケットがテキサス出身で「石油業界寄り」と見られていた大統領に「脱石油」を迫る。
 「脱石油」のもう一つの目玉が原子力。米国の原発の稼働率は1979年のスリーマイル島の原発事故以降、90年代に入るまで60%前後で低迷していたが、現在は90%程度にまで上昇している。大統領は5月末に「国内で25基の原発建設を検討している」と明かした。
 「すべての国が原子力の恩恵を受けられるよう協力する」。15日、ロシアのサンクトペテルブルクでプーチン大統領と会談したブッシュ大統領は、原子力分野の協力で一致。英国のブレア政権が原発新設へ軌道を修正するなど、原子力の再評価は世界へ広がる。
 産業界は「原子力ルネサンス」とはやす。日立製作所と米ゼネラル・エレクトリック(GE)は米発電のNRGエナジーから約6千億円でヒューストン郊外の原発建設を受注。東芝は米原子力大手ウエスチングハウス(WH)を買収。米国をはじめとする世界の原発需要が業界再編を促す。
 ブッシュ政権の「脱石油」が「中東軽視」になりかねないという見方もある。警戒するサウジアラビアのアブドラ国王にブッシュ大統領が親書を送付。この中で原油の輸入継続を約束するなど、事実上の釈明を記したという。外交をにらむと米国の新エネルギー政策は一直線に進みづらい。
 産業界の動きは期待先行だ。エタノール関連銘柄の急騰に「IT(情報技術)バブルの再来では」と心配する声も上がる。エタノールの原料となるトウモロコシの在庫が急減。ガソリンを追いかけるようにエタノールの卸売価格も上昇するといった急成長のひずみも表れている。

 

イラク北部争奪 企業進出、分断誘発も

 「イラクの原油生産量は2016年、(現在の4倍前後の)日量900万バレルに達する」。カナダの中堅石油会社、ヘリテージ・オイルの幹部は7月上旬、欧州メディアに、イラクの潜在力を強調した。同社は北部のクルド自治区政府と契約し、新規油田開発に乗り出す。3月には転換社債を発行、投資資金1500万ドルを調達した。

 イラク北部の3州で構成するクルド自治区は大部分が山岳地帯。油田開発はほとんど進んでいない。確認埋蔵量の36億バレルはイラク全土の3%に過ぎないが、クルド自治区政府は「埋蔵量が450億バレルに達する可能性がある」と宣伝し、外資を呼び込んでいる。
 これに応じたのがカナダやノルウェーなどの中堅石油会社だ。ノルウェーのDNOは4月、トルコ国境に近いタウケ油田の開発に成功。カナダのアッダクス・ペトロリアムもタクタク地区で新規油田の開発に着手した。イラク南部の大規模油田が外資に開放されても、入札では巨大な米欧メジャー(国際石油資本)が優位なのは明らか。中堅は手つかずのクルド自治区で石油開発の実績をつくり、将来の「南下」に備える。
 7月、南部サマワから陸上自衛隊が撤収したイラク。治安はまだ不安定で、米軍を主力とする多国籍軍が駐留を継続しているが、外国からの支援は経済復興に軸足を移しつつある。石油利権について中央政府との大型契約をじっくり狙うメジャーに対し、中堅は中小油田が多いとされるクルド自治区に食い込もうと急ぐ。
 日本企業もクルド自治区を含むイラクでの油田開発に関心を示すが、外部からの情報収集にとどまっている。5月には隣国ヨルダンでイラク復興支援展示会が開かれ、日本から国際石油開発や東洋エンジニアリングなど8社・団体が初参加したが、米欧勢に比べて出遅れ感は否めない。
 しかし、特定の派閥と手を結んだ石油会社の進出はイラクの分断を促す危険をはらむ。イラクではイスラム教のシーア派、スンニ派とクルド民族の利害が交錯。治安悪化の根底には宗派や民族の対立がある。石油についてイラク新憲法は既存油田の収益を各州に分配するよう求めているが、新規油田についての規定は明確でない。
 中央政府はクルド自治区政府と外資との契約を認めるかどうか判断を避けているが、クルド自治区議会は7月中旬、石油会社を含む外資に一定条件下で長期の免税特権などを与える独自の外資法の制定を承認。クルド民族の将来の分離独立を視野に経済基盤の確立を目指しているのは明白だ。
 トルコはクルド民族の分離独立運動が隣国イラクから自国に及ぶ事態を恐れる。自治区の石油を輸出するには地中海に面したトルコの輸出港ジェイハンにパイプラインで運ぶのが近道だが、トルコ政府高官は「イラク中央政府が認めない外資契約に基づく石油の輸出には協力しない」とくぎを刺す。イラクの石油利権の争奪戦は周辺国にまで波紋を広げかねない。



政府の「代理人」国益背負う
 海外権益の確保競合

 世界最大の鉄鋼メーカー、
ミタル・スチール(オランダ)がインド石油天然ガス公社(ONGC)の海外戦略で提携を本格化する。ミタルのラクシュミ・ミタル会長はアルセロール(ルクセンブルク)買収に成功した7月、母国インドのニューデリーで開いた凱旋記者会見の席上、「ONGCとともに世界21カ国で開発事業を手がける」と表明した。
 両社の提携はカザフスタンなど中央アジアやアフリカに足場をもつミタルが現地でONGCの油田やガス田の開発を支援するという内容。事業母体となる合弁企業「
ONGCミタル・エナジー(OMEL)」も設立した。OMELはナイジェリアで2鉱区を獲得、60億ドルを投じる計画だ。
 ONGCはインド政府が74%の株式を保有。2006年3月期通期の売上高は4820億ルピー(約1兆2千億円)、純利益は1443億ルピー(同3600億円)だった。いずれもインド首位の国営エネルギー企業が、海外展開を加速している。
 4月にイランのペルシャ湾で掘削を開始。ブラジル、キューバ、ベネズエラなど中南米で鉱区買収交渉を進める一方、イラク南部で取得済みの鉱区でも早期に開発を始めたい考えだ。スーダン、ミャンマー、ベトナムなどへの進出にも積極的だ。
 ONGCのシャルマ会長代行は7月、「今後5−7年間で250億ドルを投資し海外油田の獲得拡大をめざす」と表明した。過去5年間で海外に投じた金額の約5倍。2030年に原油輸入が現在の2倍強の日量500万バレルに達し、輸入依存度が90%に迫るインドにとって、自主開発原油の獲得は至上命題だ。
 エネルギー消費国として浮上するインドだが、ONGCの海外事業にはもうひとつの
巨大消費国・中国の国営企業が立ちふさがる。カザフに権益をもつカナダ企業ペトロカザフスタンの買収は中国石油天然気集団(CNPC)にさらわれた。アンゴラなど中国と直接競合した鉱区の争奪戦では連敗中だ。
 資源確保は国家の安全保障に直結する問題。ONGCやCNPCといった国営エネルギー企業は自国政府のビジネス上の「代理人」として国益の最大化をめざす存在だ。ただ、政府との距離感など企業としての立場は微妙に違い、それが海外戦略の成否にも微妙な影響を及ぼす。
 中国は政府による無償援助や借款などをパッケージにして資源権益を確保。政治決断で採算性やカントリーリスクもいとわない。一方、インドは「即断即決できる中国勢に比べて意思決定が遅い」(インド産業連盟のV.ニフグラマン上席顧問)。民間のミタルの手を借りるのも「インド型国営企業」の限界を映す。
 しかし、強引な中国のエネルギー囲い込みは反発も招く。昨年8月、中国海洋石油(CNOOC)は米議会の反対で米ユノカルの買収を断念。CNPCはペトロカザフスタンの株式をカザフの国営企業に一部売却し、「中国脅威論」に配慮した。二大消費国のナショナルフラッグ対決はまだ決着したわけではない。