「人民網日本語版」2004年5月24日

漢方薬めぐる知的財産権の保護戦略を制定
http://j.peopledaily.com.cn/2004/05/24/jp20040524_39694.html

23日に開催された「2004年国際医薬衛生産業発展大会」によると、中国は近く漢方薬をめぐる知的財産権保護の戦略を策定し、漢方薬に関する特許の保護を制約する要素への対策研究を強化する。

近年、世界的に有名な一部の製薬会社が、漢方薬の研究と関連する知的財産権の取得を強化したため、中国の知的財産権の流失が深刻になった。知的財産権保護に不利に働く一連の制度もあり、中国が掌握する基本特許はまだ数が少ない。

関連部門は今後、適切で実行可能な対策の研究を進め、中国医薬関係者の知的財産権意識を強化し、漢方薬に関する特許の取得を制度の面から促進し、保護を強化していく。

同時に、漢方薬ハイテク技術プロジェクト研究・開発のために、専門の国際特許申請基金を設け、資金面でのバックアップも行う方針だ。


2002/9/17 Asia Patent Mode Vol.2
−現代漢方薬ビジネスの特許事情

第1回 − 侵害認定の難しさ
http://abc.wiaps.waseda.ac.jp/special/02091704.html

 中国漢方薬はそのものは千年以上の歴史を有するものの、資本市場での医薬産業としての確立とこれに伴う法的保護は1980年代から始まったばかりだ。世界的にも、古くからその有効性が知られているばかりに、漢方薬は、無断で製造、流通される可能性が高い。新薬として発売するには、材料の選択から、試験、試用、製造など開発コストがかかっており、特許としての法的保護が整備されていない段階では、製造者は多大な損害を受ける。現在、中国では、伝統産業の近代化と資本市場への本格参入に向け、漢方薬特許の法的整備を強化しはじめた。

本シリーズでは、今回から数回にわたり、中国漢方薬ビジネスの特許事情についてレポートする。

■多様化する漢方薬
 自然科学の論理を背景として発達してきた西洋医学は、臓器の局所的な病変の分析や生体の化学的分析に終始し、局所的に対応することが多い。これに対し、漢方医学は、病を身体の全体的な観点からとらえ、治療を施すものといえる。この考え方に依拠した薬品が漢方薬だ。自律神経系に働きかけて心身を活性化し、心身の調和を整え、体質や体調を改善して自己治癒力を強化する。
 本来、漢方薬は自然界に存在する植物を直接に利用して製造される。植物本来の有効成分を煎し出し、煮薬(いわゆる煎薬だ)として飲まれる。この点が西洋医薬品と異なる点だが、最近では、西洋医薬品製造での最新技術が導入され、漢方薬の製薬技術は多様化しつつある。伝統的な煎薬のほか、製剤、漢方人工製品、複方製剤など、多種の新薬が発売されている。

■漢方の有効成分
 漢方は、通常の新薬に関する特許申請とは若干異なっているようだ。草の根や木の皮、動物や鉱物など天然素材をそのまま原料とした生薬として、その生薬に含まれるさまざまな有効成分が総合的に身体に作用することから、その特許申請においては、有効成分を2つ以上含有する配合薬として認定されることになる。そのため医薬品としては、承認申請の条件が西洋新薬以上に高く設定されることになるということになる。
 ここで有効成分というのは、漢方医学の治療に効くとされる具体的な化合物を指している。漢方薬を保護する際の基準成分として認められており、西洋医薬品の特許申請においても重要な役割をもつことになる。
 つまり、漢方薬として特許申請をおこなう場合、有効成分を基準として審査されることになるわけだが、実際の申請では、有効成分を成分表に謳っただけで、漢方薬の特許権を申請することが多く、権利化されることも珍しくない。ある調査によれば、正規のとおり有効成分が盛り込まれた申請は、全体の3%に過ぎないという
[1]
 これは、前述のように、一般的に漢方薬は数千以上の化合物で構成されているためであり、有効成分そのものの特定が不可能なためだといわれている。
 そもそも有効成分の分析では、純粋化合物の同定などで、最新技術が必要であり、莫大なコストがかかる。
 ちなみに、主に日本、台湾、米国などに向けて輸出されている漢方薬は、有効成分を基準に申請、権利化されたものだという。

■侵害認定の困難さ
 以上のように、漢方薬の製造過程では
過去の製造技術が応用し、有効成分を複数、組み合わせることで、多種多様な漢方を作ることが可能となる。単一物質ではなく、複数の漢方物質を混合して製造するというプロセスは、確率からすると無数の漢方薬が生成することができるともいえるのである。
 したがって、このような漢方の製造方法では、錠剤やカプセルなどと違って、複雑な化学反応を引き起こしうる、混合された物質の成分配合や製造方法について、最新機器によっても簡単に特定することが難しくなる。
 また、同様の意味から、漢方薬の権利者は、自分の薬が侵害されていると判断したとしても、侵害薬の技術特徴について、自分の漢方薬特許と比較して、技術的特徴の侵害事実を突き止めることが容易でない。
 ひとつの漢方薬には数百から数千以上の化合物が配合されていることが珍しくなく、同一の化合物でも異なる手順や配合方法で生成することが可能なのであり、侵害薬に権利薬品と同一の化合物が含まれていることが明らかであっても、
権利者は侵害事実を証明することが非常に困難となる。

■漢方の有効部分
 簡単にはいかない漢方薬の特許侵害に対する認定だが、漢方学における有効部分という概念を利用する手もある。
 有効部分とは、類似した化学物質で構成される化合物であり、これによって漢方複方薬物は形成されている。そして、この漢方複方薬物は、最新機器によって有効部分に分離することができる。
 たとえば、フラボン類(Flavone)は、性質が類似する化合物群としての漢方薬を構成する有効部分であると認められる。
 さて、ここで重要なのは、複方薬物における有効部分は有効成分とは異なる点だ。有効部分は、あくまで化合物群を対象にしているので、系統溶剤さえ使えば、簡単な技術によって漢方薬の有効部分を鑑定することができる。
 つまり、有効部分を利用すれば、漢方の技術的特徴を比較することが容易になるわけだ。今後、漢方の特許申請において、有効部分は漢方薬理研究の重要な指標として用いられるだろうし、特許侵害の認定でも利用価値が高くなるだろう。
もっとも、有効部分は、化合物群として、性質の類似する化合物が膨大に包括されている。これを特許申請において基準とすると、解釈が広くなりがちで、注意が必要である。

 流通する漢方薬については、これまで述べたような漢方薬の特徴に沿って、申請、権利化されている事実を踏まえることが大切だ。第2回では、中国における漢方薬の特許としての法的保護について報告する。

参考Webサイト
[1] http://www.yy2000.com/xinyaodongtai/zhongyaozhishichanquanbaohu.htm
     (中国医薬資詢)


現代漢方薬ビジネスの特許事情

第2回-漢方薬の行政保護
http://abc.wiaps.waseda.ac.jp/special/02101502.html

 前回、説明したように、漢方薬の特別な精製過程における有効成分については、鑑定の難しさから、その侵害認定は非常に困難だった。こうした鑑定の難しさは、漢方薬の特許申請においても、同様だ。漢方薬が有する新規性など、発明の特許性について精密な審査を行なうことは、技術やコストの面で障害があるからだ。
加速する中国の法整備だが、現在の特許法は、この点を克服するほど完成されたものではなく、これを補完する行政側の施策もまた業界や消費者のニーズに適応しているものとはいえない。

■中国での特許申請

 日本の特許法は中国では専利法に相当する。その原型は、1984年3月12日の全国人民代表大会で採択されたものだ。その後、2度にわたって改正が実施されたが、漢方薬を含む薬品については、1993年の改正に着目する必要がある。
 特許に関する所轄官庁は、国務院特許行政部門であり、知的財産権業務を一括して管理(特許法3条)する。具体的な特許出願の受理・審査・再審査、取消、ならびに出願の無効宣告などは、国務院特許行政部門の直属機関である特許局が、国務院特許行政部門の委託を受けてこれを行っている。
 中国で発明を権利化するというのは、特別なことだろうか。添付の図は、一般的な発明の申請手続きの概略であるが、これを見る限り、先願主義(特許法9条)を採用する中国での手続は、日本のそれとほとんど違わない。少し長くなるが、特許申請の概要を見てみよう。

 実際の実務では、国務院より公布された「特許法実施細則」に従って運用される。申請は、日本と同様、書面主義(細則3条)であり、出願書類として、願書、説明書(必要なときには図面を添付する)、説明書の概要、権利要求書を提出することになる。提出書類は中国語を使用しなければならない。
 添付の図の予備審査で、問題がなければ発明は出願日から満18ヶ月で公開されるが、何か書面上、問題などがある場合には、当局は出願者に対し、意見陳述なり、補正を要求する。 公開後、出願日より3年内に請求、実体審査のうえ、拒絶理由がなければ、晴れて特許が付与されることになる。実体審査の結果、特許要件が満たされていないと当局が認めた場合には、出願者は意見陳述、修正を要求できるが、それでもなお特許要件を満たさない場合には、拒絶されることになる。
 また、特許出願者は、当局の出願拒絶の決定に対して不服があれば、通知を受け取った日から3ヶ月以内に、特許再審委員会(国務院特許行政部門の直属機関)に再審を請求できる。特許再審査委員会は再審した後、決定を出し、併せて特許出願者に通知することになる。さらに、特許再審査委員会の再審決定に対し不服がある場合には、特許出願者は通知を受け取った日から3ヶ月以内に人民法院に、その旨、訴えを提起することができる。

■漢方薬における特許法改正の意義

 1985年中国特許法では、
薬品については製造方法、または医薬機械だけを保護しているが、薬品を構成する物質に対しては対象としていなかった。といっても、製造方法については、明文上相対的な保護として運用されているから、権利者によって規定される発明薬品の製造方法以外の方法で第三者が同じ薬品を製造することを禁止できない。つまり、薬品製造についてはその保護は実質的に有効性はかなり弱かった。このため、発明者にとっては特許として権利化する意義が実質的にメリットが少なく、実際、最も申請件数が多かった1992年で863件であったに過ぎない。
 しかし、
1993年の特許法改正とともに薬品物質についても保護対象とされ、それ以後、申請件数も急増している。1993年の1年間の漢方薬申請件数は、1985から1992年の合計件数(2182件)を上回る2196件であった。漢方薬品発明で最も多いのは漢方複方製剤で全体の約8割以上を占めている。複方製剤は、通常の一般的な技術によって新たな漢方配合方が作られるもので、新規性や創造性が比較的低いといえるものだ。

■行政による漢方薬保護

 特許法改正以前、薬品に対する上述のような特許法での不備を補足する形で、薬品物質は行政や立法によって保護されてきた。1993年以降は特許法と二つのシステムが並存することになる。
 では、行政は、改正以前、薬品特許における製造上、物質上の保護をどのように運用してきたのだろう。「新薬保護及び技術譲渡規定」(中国衛生部、1987年公布)によれば、衛生部の審査基準によって認定された新薬については、権利者である研究機関に「新薬証明書」が発行されるが、その保護期間については、新薬を4つのレベルに分けて、新薬証明書の発行日から数えて、第一類新薬は8年、第二類新薬は6年、第三類新薬は4年、第四類新薬は3年と定めている。つまり、漢方薬を含むすべての新薬は各レベルに基づいて、定められた期間内に、第三者の無許可による製造を禁止できる。
 この保護期間の当否については、産業界から異論がある。ここで保証される期間は最長の第一類新薬で8年しかないが、実際、薬品の研究開発から製品化までは相当の期間と巨額のコストを必要とするのが一般的であり、開発者が莫大な開発コストの回収する期間としてこれらが妥当であるかは検討が必要だろう。

■条例規定による保護期間延長

 ただし、この保護期間は、「漢方品種保護条例」(1993年公布)によって、実質上、延長することが可能だ。条例では、中国内で生産、製造される漢方品種、又は中成薬、天然薬物の抽出物(?)、および人工製成品等に限り、適用するものとされる。一方、特許権申請の漢方品種は特許法により処理されるべきだから、本条例は適用されず、さらに、「新薬保護及び技術譲渡規定」によって新薬保護を受ける権利者、あるいは特許権利を譲渡された権利人の場合に限り、薬品の保護期限が切れた後、漢方品種保護の申請もできる(「条例」第2条)と定めている。
 つまり、特許化されていない漢方薬も漢方品種とし引き続き保護申請できるわけであり、必ずしも特許として権利化することもないといえる。また、その際の漢方品種保護申請の条件は簡便であり、新規性、創造性を必要としていない。公開発表、または公開後、使用された薬物でも、漢方品種保護として申請することはできる。

■漢方薬の保護申請手続

 さて、「漢方品種保護条例」での保護申請にあたっては、次の2つの品種カテゴリーで類型され、処理される。

@)特定の疾病に特殊な医療効果を有する漢方、あるいは、国家一級保護野生薬材物種に相当する人工製成漢方、および特殊な疾病の予防、治療に作用する漢方を対象とするものであり、一級保護として申請することができる。

A)一級保護に該当する漢方品種、または、一級保護が解除されたけれども特定疾病の治療に顕著的な効果のある漢方、天然薬物から抽出ができる有効物種、および特殊製剤は、二級保護として申請ができる。

 申請手続では、衛生部に受理されると、「漢方保護品種証明書」が発行され、同時に、申請内容が国家漢方保護品種公告に公開されることになる。一級保護品種の保護期限は、30年、20年、10年と設定されており、特殊な事情等によって保護期限の延長を申し出ることも可能だが、その期限は最初に申請許可された保護期限を超えることができない。一方、漢方二級保護品種の場合は7年であり、満期後さらに7年間延長することができる。

■保護条例の運用

 なお、「漢方品種保護条例」で認定された漢方品種は、その保護期間内に「漢方品種保護証明書」を付与された企業だけがその品種を生産することができる。また、当該漢方品種が認定される以前に複数の企業においてすでに製造されている事実が証明されれば、その複数の企業のなかで、保護申請しておらず、「漢方品種保護証明書」を発行されていない未申請企業は、「国家漢方保護品種公告」を発表した日から6ヶ月以内に、国務院衛生行政部に対して、「漢方品種保護証明書」を申請することができる。
 ただし、6ヶ月を過ぎるとこれらの未申請企業は、一定の期限内に生産を停止しなければならない。この場合、なおも生産を続け、製造された漢方薬品や漢方品種保護を受けていない企業は、県級以上の衛生行政部門に偽漢方薬として処分されることになる。
漢方品種保護は漢方知的財産権保護の有効な手段であり、申請条件は特許法より簡単だが、保護期限は特許権と一致しており、さらに一級保護品種の保護期間は特許の有効期限より長いものとなっている。そのため、特許法の不備を補うという側面以上に、制度の弾力的な運用を認めるものであるが、一方では、手続上の偽漢方薬を篩い分ける作用もあるが、処分内容や基準が曖昧である。
 いずれにしても1993年の「漢方品種保護条例」が施行後、中国では1754の漢方品種保護の申請があり、その内867の漢方品種が国家漢方品種として保護を受けた。

■米国モデルの管線保護(Pipeling Protection)政策

 特許法改正に先立ち、中国は米国と「知的財産権についての諒解備忘録」(1992年)を締結した。これによれば、一定の条件を満たすアメリカの特許薬品、および農業化学物質は、中国で、中国の行政保護を適用することができる(第2条)というものだ。この備忘録に沿って中国は、米国の「管線保護」(Pipeling Protection)政策をモデルとする「薬品行政保護条例」や「薬品行政保護実施細則」などの行政保護制度を整備した。
 米国が提唱する管線保護政策によれば、薬品、農業化学、化学薬品に初めて特許保護を提供する際、外国での特許権を受けている薬品、農業、化学薬品に対しては、国の如何を問わず、当該国の市場に参入していない限り、これら製品にかかわる特許権の保護期間に相当する保護を行なうものとされる。
 同じ趣旨により、「薬品行政保護条例」では、外国の薬品の独占人(権利者)も規定しており、1993年1月1日の特許法改正前には中国の特許法によって特許権の保護を受けることができなかった外国薬品、あるいは1986年1月1日から特許法改正日以前まで、外国薬品の所在国で、他人の製造、使用、あるいは販売等を禁止する独占権を有していた外国薬品、または行政保護政策の有効日前に、中国で未販売の外国薬品は行政保護を申請することができることになる。
 なお、海外からの特許申請では日本が最も多く、次に米国、韓国の順となり、ヨーロッパは意外に少ない。総体的に、海外申請は、中国国内と違って、複方漢方の申請が少なく、単純な漢方の抽出法や製造方法についての特許申請が主体となっている。その漢方材料は常用の用材が多い。
 中国は、米国との「知的財産権についての諒解備忘録」の締結後、同様に、日本やスイスなど19ヶ国とも協定を結んでいる。

■保護申請の条件

 いずれにしても、薬品行政保護申請における条件のバーは高くない。たとえば、「新薬審批方法」、「新薬審批方法(漢方部分の修訂と補充規定について)」は、新薬の質量、薬理、毒理などに限り、一定の標準を要求しているが、薬品の新規性、創造性に対し、厳しい規定を設けているわけではない。
 また、「漢方品種保護条例」は新規性、創造性について要求しておらず、第6条、第7条に薬品医療効果を特定の要求項目としているにすぎない。さらに、条例は申請した漢方品種の技術特徴についての公開を要求していない。たしかに、条例では、漢方一級保護品種の処方、製造方法等は、保護期限内において、漢方保護品種証明書を受ける企業、または一定の薬品生産経営管理部門、衛生行政部門、および個人の秘密とされ、当該機関や個人は公開することができない(第18条)と明記している。
 このように、知的財産権としての漢方は、実際には行政上の保護として、簡単な条件でありながら、比較的手厚い保護を受けているのが現状だ。これは、たとえば、企業側に漢方品種を独占させやすく、個別企業を発展させるには有利だが、社会の全体の科技進歩においては逆に不利益をもたらすなど、その功罪が指摘されている。漢方薬製造業のみならず、市場ニーズや消費者の利益について、今後、議論が待たれる。
 前回は、漢方薬の物質上の特性により、侵害認定における困難さについて報告したが、一方で、特許法自体の不備と併せ、これを補完すべき行政上の保護においても改善点が指摘されることが分かる。今後、より一層の権利保護強化のためには、法的整備とともに行政ならびに業界全体の取り組みに注目する必要があるだろう。

 中国には2千万以上の漢方薬関連企業があるとされる。このうち1995年までに商標登録を行なった企業は500万件である。次回最終回では、不正競争防止法にも触れながら、漢方薬の商標登録事情について報告する。


現代漢方薬ビジネスの特許事情

最終回 商標法および不正競争防止法による保護
http://abc.wiaps.waseda.ac.jp/special/02111802.html

 中国漢方薬の特許についての最終回は、漢方薬の商標および営業秘密に対する保護対策事事情である。知的財産としての漢方薬の特性も考慮し、その保護と順当な産業発展のためには、法の効果的な運用と遵守、そしてまた法律自体の整備が急務である。

■商標保護の不徹底
 中国には、たとえば、同仁堂(北京)、達仁堂(天津)、潘高寿、陳李済(以上広州)、桐君閣(重慶)など、全国的に有名な漢方薬商標がある。漢方薬メーカーは商標の有効かつ十全な利用が必要であるが、現実には、漢方薬メーカーや業者のなかには、商標の取扱について正確な認識を欠いていることが多い。
 中国漢方薬の商標保護を概観する場合、中国商標法(1982年)および薬品管理法(1985年)が重要である。両法の規定によれば、人を対象にする薬品に限り、登録商標を使用しなければならず、未登録の薬品を販売することができないのだが、これにもかかわらず、実際の薬品商標の登録量は少ない。中国には2,000万以上の漢方薬企業がある[1]とみられているが、1995年時点で商標登録企業は約500万である。
 商標の保護しようとする意識が徹底されていないために、著名な商標には、海外で外国企業によって登録されたあとで、中国企業がその企業からその商標を巨額により購入したケースもある。

■商標法利用における混乱
 商標保護が不徹底なままの要因としては、漢方製薬メーカーが、商品、サービス通用名称と漢方薬品の商標名を混同してしまうことによって生じることが挙げられる。商標は他の商標と区別されなければならないが、通用名称は一般的に商品全般を示す包括的な意味合いを有し、そのため通用名称を使うことは商標法によって登録商標を区別するという規定に違反する[2] 。
 多くの企業では新薬の開発後に、薬品の名称を商標として登録する傾向があるが、登録した名称が通用名称に該当すれば、審査中又は審査した後に拒絶されるか、あるいは登録した後に撤回されることになる。こうなると、企業は新たな商標を登録しなければならなくなる。
 漢方薬の商標には、薬品の原料、あるいは功能を示す名称が商標となっているケースもある。たとえば、前列康[3]、鎮脳寧[4] などの商標は商標法に違反するおそれがある。中国商標法第8条では、直接に商品の質量、主要原料、功能、用途、重量、数量および他の特徴を表示する文字、図形等を商標とすることができない旨を定めている。それらの文字、図形は識別性を有しておらず、個人の専有を許さないから、たとえいったん登録されたとしても、他企業は異議申立を行い、その商標を無効とさせる権利を有するのである。

■不正競争防止法による営業秘密の保護
 中国不正競争防止法第10条では、営業秘密について、公衆に知らせず、権利人に経済利益をもたらし、実用性を有し、または権利人に秘密にされる技術情報および経済情報であると定義し、その保護を謳っている。
 知的財産権たる漢方薬の保護対象は主としてその配合法と生産方法にある。ところが、漢方薬の製造方法は非常に複雑で、高技術であり、配合法も多様である。したがってリバースエンジニアリング手法[5] によって産品から配合法、または製造方法を解析帰納することが難しい。そのため、漢方薬メーカーにとっては、漢方薬生産方法などが漏洩されないことが企業戦略上、極めて重要である。商業秘密の保護は、漢方薬の生産において極めて重要な方法として活用されることになる。
 不正競争防止法第10条では商業秘密の侵害として明確に記載しているのであり、以下の手段で漢方薬の権利者が有する商業秘密を利用することを禁止している。

1. 窃盗、誘引、脅迫その他の不正な手段で権利人の商業秘密を利用する行為
2. 第一項の手段で取得した権利人の商業秘密を開示、使用すること、または他人に使用させること
3. 約定の違反、あるいは権利人の商業秘密保守要求の違反によって、権利人の商業秘密を開示、使用すること、または、他人に使用させること
4. 当該商業秘密について不正取得行為が介在したことを知ってその取得した商業秘密を使用、開示する行為

 実際、多くの中国漢方薬は営業秘密によって保護されており、漢方薬の特性を鑑みて、かかる手法による保護は確かに有効である。

■法的整備の強化
 今回のシリーズでは、中国漢方薬に注目し、商標法や不正競争防止法によって行なわれる保護対策について概観したが、その法制とこれを運用および利用者側の意識は不十分であると言わざるを得ないというのが現状だ。違法の商標登録がある一方、商法登録に対する漠然とした企業もある。それは漢方薬ビジネスの発展を妨げているものと言えよう。
 WTO正式加盟を機に、中国経済は国内経済改革の推進とともに海外進出にも積極的である。そのなかで中国の伝統的産業である漢方薬産業は、激しい国際的競争に直面するとともに、大きなチャンスも到来するであろう。今後の国内外の変動に対応した知的財産法の整備強化が急務であり、法律の遵守と効果的な利用による中国漢方薬の世界市場への参入拡大を期待するものである。

(注)
[1]
 http://www.sipo.gov.cn/sipo/zcll/lwzz/2000ndxglwj/200110290039.htm

[2]商標の「識別性」は商標登録の要件のひとつだ。商品やサービスは外の企業の商品やサービスと区別できなければならない。たとえばある企業が「漢方薬」という呼称を自社漢方薬品の商標として登録してしまえば、他企業の漢方薬品と区別できず、このような標識は識別性を欠いた標識とみなされる。一方、自動車メーカーが「漢方薬」をその製品商標とするのは、他自動車メーカーの自動車製品と区別できる。識別性があるか否かの基準は、「標記自体の文字又は図形にかかわらず、関係文字又は図形が表示する商品の通用名称、主要効能および主要原料と重なり合うか否か」に求められることになる。

[3]前立腺炎を治す薬。"前列"は前立腺、"康"は健康を意味する。

[4]頭痛を治す薬。"鎮"は圧制、"寧"は慰めるという意味である。

[5]著作権法上、リバースエンジニアリングとは、他者作成のプログラムからソースコードなど抽出し、解析し、プログラム作成に活用するものだ。ソースコードの抽出や解析自体は、本来他人の著作物を公平に利用して文化の発展に寄与する著作権法の目的を実現するものであり違法ではないが、そのようにして解析されたプログラムをそのまま複製したり、改変を加えたり、そのプログラムの創作性のある一部を使用することは違法となる。開発段階では、解析したコンピュータ・プログラムと競合するようなコンピュータ・プログラムを開発する目的で行われることもあり、これを制限しようと試みる契約条項が当該コンピュータ・プログラムの入手の際の使用許諾契約に付されることがある。