日本経済新聞 2009/9/7

高機能の新炭素材料「グラフェンgraphene」
 実用化へ研究加速 富士電機やNTTなど環境・新エネで期待

 「グラフェン」と呼ばれる新しい炭素材料の研究に国内メーカーが相次いで乗り出した。富士電機ホールディングス(HD)は太陽電池の透明電極に使えるグラフェンの薄膜を作製。富土通やNTTはシリコンを上回る高性能な大規模集積回路(LSI)向けの電子素子などを試作した。グラフェンは環境・エネルギー分野で威力を発揮すると期待される。研究では欧米が先行しており、日本勢は巻き返しを図る。

 研究成果は富山市で8日に始まる応用物理学会で発表される。
 グラフェンは炭素原子がシート状に連なった材料で、2004年に英国マンチェスター大学のチームが発見した。現在の半導体に使うシリコンより100倍超も電子を流しやすく、安定性や強度にも優れる。薄くて大電流を通す透明電極や超高速のトランジスタ素子などに応用が期待される。ただ実用化には、グラフェンの効率的な作製法などが課題だった。
 富士電機HDの研究開発子会社、富士電機アドバンストテクノロジーは太陽電池に使う透明電極の材料に応用した。電極に利用するため、縦横O.2mmと従来に比べて100倍近い面積を持つ1層のグラフェンの作製に成功した。
 太陽電池の電極には現在、酸化インジウムすず(ITO)が使われるが、太陽光に含まれる赤外線が透過しにくく、発電効率向上の足かせになっていた。グラフェンは薄くて赤外線が透過しやすいうえ大電流が流せるため、発電効率40%台という現状の2倍を実現する太陽電池に道を開く。同社は2年後にも実用化にメドをつける考えだ。
 半導体素子への応用も進む。富士通子会社の富士通研究所はグラフェンを使い、半導体の基本素子であるトランジスタの試作に成功した。絶縁膜と呼ばれる材料などができれば、シリコンを大きく上回る動作速度を持つ半導体素子が実現できる。「将来は高周波の信号増幅器などのデバイスに応用したい」(同社)
 NTTの物性科学基礎研究所なども高性能LSIにつながるグラフェンを作る技術を開発した。シート状のグラフェンが2枚重なった材料で、これまでで最高水準の品質を達成した。今後、改良を加えて実用化を目指す。
 グラフェンの研究が加速している背景には優れた特性だけでなく、代表的な炭素材料である「カーボンナノチューブ」などに比べて加工がしやすいこともある。発見以来、米IBMやインテルなど欧米の大手企業や大学が相次いで研究に乗り出し、主要雑誌に発表される年間の研究論文数は過去5年で15倍以上に増えた。これまで出遅れていた国内でも富士電機などのほか、日立製作所や東北大学などが参入している。

グラフェン:大電流に耐え強度も優れる
 炭素原子が六角形のハチの巣のように広がった平面状の材料。電子を流しやすく、大電流にも耐える、高強度などの特長をもつ。電子回路やセンサーなど向けの高機能材料として期待が高い。炭素材料では筒状のカーボンナノチューブが知られるが、平面状をしたグラフェンは回路基板との相性も良いとされる。
 2004年の発見当初は、グラファイト(黒鉛)から粘着テープではぎ取る方法で作製された。この方法は工業生産に適さないため、現在は効率の良い製造法が各国で研究されている。熱を伝える性能が高い特長を生かした放熱材や、宇宙空間へ物資を運ぶ「宇宙エレベーター」という未来の輸送技術に使う構造材としての期待もある。

グラフェンの主な研究グループ

研究チーム 主な研究テーマ
米IBM グラフェンでトランジスタ試作、高速動作を確認
米ジヨージア工科大とインテルなど 炭化ケイ素の基板に高品質グラフェンを作製
英マンチェスター大 グラフェン研究の先駆け。幅広く応用先を探る
韓国サムスン電子など 液晶パネルの透明電極など向けに大面積化
富士電機HD 太陽電池の透明電極向けに大面積化
NTTなど 電子回路向けに高品質技術。スパコンで理論研究も
富士通など  グラフェンをトランジスタや配線に応用、特性を評価
東北大など シリコンやサファイア基板に作製。テラヘルツ波源にも応用