2004/08/25 日本電気/日本化薬

in silico創薬による新規がん治療薬候補物質選択に成功
〜in silico 創薬支援システムによる共同研究成果〜
http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=79530

 NEC(社長:金杉明信、所在地:東京都港区)と日本化薬(社長:島田紘一郎、所在地:東京都千代田区)は、標的たんぱく質と化合物の結合構造と結合能をコンピュータシミュレーションにより予測する「in silico (イン・シリコ)創薬」スクリーニングシステム(注1)のプロトタイプを開発し、約140万種の化合物ライブラリから、新規がん治療薬の候補化合物を発見することに成功いたしました。

 今回の共同研究により、得られた成果は以下の通りです。

1. 溶媒中のたんぱく質と化合物の結合予測を高速・高精度に行うために、溶媒効果を表すポアソン・ボルツマン(Poisson−Boltzmann)方程式(注2)を、分子動力学法(注3)と融合させたMM−PB(Molecular Mechanics−Poisson Boltzmann)法を開発し、PCクラスターなどの並列コンピュータ上で高速に計算するソフトウェアを開発。
   
2. 本ソフトウェアと、市販の自動ドッキングソフトウェアとを組み合わせ、多数(数百万)の化合物について、標的たんぱく質と化合物の結合構造と結合能(結合の強さ)を予測するin silico創薬スクリーニングシステムのプロトタイプを開発。
   
3. 本システムを用いて、共同でin silicoスクリーニングを行い、約140万化合物の中から絞り込んだ数百化合物について、実験によりその結合を評価し(作業継続中)、現在約10個程度の化合物について、標的たんぱく質との結合を確認。

 ヒトゲノムの解読後、分子レベルでの生体メカニズム・疾患メカニズムの解明が加速しています。これにともない、疾患に特異な生体分子(標的たんぱく質)に対して選択的に作用する物質を用いることによって、疾患への効果が高く、副作用の少ない薬剤を設計・開発する「ゲノム創薬」への期待が高まっております。従来の抗がん剤は、毒性の強い物質によってがん細胞を死滅させるため、正常な細胞への副作用も大きく、患者への負担軽減が課題となっていますが、がんに特異な生体分子(標的たんぱく質)にのみ作用する医薬品候補物質を選択・設計することが可能となりつつあります。
 更に、エックス線解析や核磁気共鳴分析(NMR)によるたんぱく質立体構造の解明も進んでおり、コンピュータシミュレーション技術を用いた、標的たんぱく質の立体構造に基づく薬剤設計(SBDD: Structure−Based Drug Design)への期待も高まっております。しかし、従来のシミュレーション技術では、計算精度が低いか、あるいは計算時間がかかりすぎるため、実験を代替したり、あるいは実験を補助する十分な効果が必ずしも得られていないという問題がありました。

 今般の共同研究は、このような新規がん治療薬の探索を目的とし、NECが独自に開発したシミュレーション技術と日本化薬の抗がん剤創薬技術に基づき、in silico創薬支援システムを共同で構築し、実際の新規がん治療薬の探索を共同で行ったものであり、多数の候補物質の中から、有効と思われる物質(化合物)を効率良く選択することを目指したものであります。
 日本化薬では、今後、このたび発見した新規化合物の構造最適化と薬効評価を進め、臨床応用に向けてその効果と安全性を確認していくとともに、今回のシステムを、今後の創薬研究のためのIT基盤として位置付け、自社の創薬研究・開発の高度化に活用する予定であります。またNECでは、今回の成果を製薬企業向けのin silico創薬支援システムにおける中核技術の一つとして活用し、来年度の製品化および事業化を目指します。

参考資料 


(注1) in silico創薬システム:
 コンピュータを用いて、たんぱく質など高分子の立体的形状に基づいて、多数の薬剤候補化合物について、そのたんぱく質のどの部位にどのように結合しうるのか(ドッキングモード)、またその結合の強さがどの程度であるのか(アフィニティ)、を予測することによって、従来のin vivo(生体を用いた研究)、in vitro(試験管内の研究)の補助として、効率的な創薬支援をするシステム。

(注2) ポアソン・ボルツマン(Poisson−Boltzmann)方程式:
 たんぱく質と化合物の複合体の結合の強さに対して、周囲の水やイオンがおよぼす静電力の効果を推算する方法。周囲の水分子を連続誘電体に簡略化し、たんぱく質と化合物の複合体に働く静電力をメッシュ状の多数の格子上で(差分)近似し、高速に計算。水分子を誘電体に近似しない場合に比べ、精度は若干犠牲になるが、高速化が可能であり、大量化合物からの候補選抜に適している。

(注3) 分子動力学法:
 たんぱく質などの分子を構成する原子の原子核に働く相互作用力を、バネやクーロン力のような簡単なポテンシャル関数(分子力学モデル)で近似し、分子の熱運動を、ニュートンの運動方程式を解いてシミュレーションする方法。今回は、エネルギー最小化計算に使用したが、この方法を用いてより正確に分子の結合エネルギーを予測するためには、1千万ステップ(10ナノ秒)の計算が必要と考えられており、高速ハードウェアに対する期待が高い。