日本経済新聞 2002/11/25

経営を考える テルモ社長 和地孝氏
 先端医療、飛躍の原動カに

 「体温計のテルモから、先端医療機器のテルモヘ変わる」。10月中旬、治療現場の第一線に立つ医師らと協力して先端医療機器を研先開発する最新鋭の施設が神奈川県内にオープンした。開所を記念したイベントで、社長の和地孝(67)は決意を新たにした。

 再生医療も研究
 心臓移植でしか助からない患者を救う−−。変わるテルモの原動力と位置づけるのが、10年越しで開発に取り組んできた補助人工心臓だ。来年から欧州で臨床試験に入ることが決まり、早ければ2004年に発売できる。テルモ期待の大型機器の製品化にめどがついた。
 心臓疾患治療分野では、心筋を修復する再生医療事業にも着手している。今秋には米ベンチャー企業と提携し、患者の太ももから採取した細胞を培養し、心筋再生用に使う治療技術の開発を始めた。2008年の事業化を目指す。
 「補助人工心臓や再生医療などの新事業をけん引役に、循環器分野の売上高を現在の500億円から2010年に1千億円に増やす」。和地はこう公約する。年間売上高の3割を占める同分野の現在の主力商品はカテーテル(医療用細管)など。8年後には補助人工心臓を収益源とする事業構造への飛躍を狙う。
 2001年度(連結)まで8期連続の増収を達成しているテルモだが、海外工場への過大な設備投資などがたたり1990年度から3期連続で最終赤字を計上した苦い経験がある。経営立て直し役として、主取引銀行の富士銀行(現みずほ銀行)取締役に最年少で就任した和地に白羽の矢が立った。「貧乏くじを引く思いだった」と和地は当時を振り返る。
 そのころのテルモは、93年に死去するまで21年余りにわたって社長を務めた戸沢三雄が君臨するワンマン企業。前社長で現相談役の阿久津哲造は「誰も逆らえないような雰囲気のあった戸沢時代の取締役会でも、和地は平然と発言していた」と、芯の強さに驚いた。
 95年に社長に就くと、和地は「まず社内の空気を変えよう」と考え、国内すべての拠点を回って社員に直接語りかけた。94年度から増収基調を続けているのも、和地の行動力で社内の雰囲気が一変したことの証明でもある。

 カンパニー制に
 もっとも、甘えは許さない厳しさも備える。「組織は収益を上げる手段であり、目的ではない」とし、社内体制にたびたび手を加える。来年4月には治療分野別のカンパニー制を導入し、開発から製造、営業までの事業全体の責任を負わせる仕組みにする。30代、40代の社員をカンパニー幹部に多数登用し、若く活気のある運営体制にする。
 医療現場の技術革新は速く、商品寿命が短い治療機器は多い。新製品を出し続けないと、ライバルに足元をすくわれる。
 そんな中で「小さな池の大きな魚」を目指すテルモの製品開発戦略は、日本で成果をあげてきた。注射針や家庭用電子体温計、人工肺、血液バッグなど、需要が限られる国内ニッチ(すき間)市場では圧倒的なシェアを確保する。しかし世界市場に目を向けると、テルモがシェア首位を握るのは、カテーテルを患部に挿入するためのガイドワイヤなど数点にとどまる。
 社長就任から8年。長期政権の弊害は繰り返してはならないと自らに言い聞かせるが、内規の社長定年まであと数年は続投できる。それまでに、世界市場の勝者になる新しいテルモ像を確立しようとの思いを定めている。

わち・たかし
59年(昭34年)横浜国大経卒、富士銀行(現みずほ銀行)入社。89年テルモ常務、95年社長。
神奈川県出身。

日本経済新聞 2003/1/29-30

走り出す医薬再編 

開発力、生き残り左右

 国内医薬品業界で生き残りに向けた再編が始まった。帝人が
杏林製薬の実質買収を先週発表、医療費抑制など逆風が強まるなかで他社も決断を迫られている。業界は、成長を左右する研究開発力などで後れを取れば再編に参加すらできない状況になりつつある。
 「座して死を待つのか」。昨秋、杏林製薬の荻原郁夫社長は焦っていた。同社が株式上場を果たした1999年から、荻原社長はM&A(企業の合併・買収)による成長戦略を社内に宣言し、ひそかに模索を続けていた。しかし「(主導権を握れる自社より小規模な)本命との話が進展せず」(同社首脳)、振り出しに戻っていたからだ。
 再び相手探しに躍起になっていた昨年10月、帝人から提案が舞い込んだ。
 交渉はあっという間に決着した。12月2日、荻原社長は帝人の長島徹社長と都内で会い、「社名に杏林を残してほしい」と切り出した。帝人はすでに荻原社長の続投を約束していたが、社名についても受け入れ、両社は合意に至った。帝人にとっても、利益の半分を稼ぎ出す医薬医療事業の拡大は至上命題で、時間はなかった。
 「昨秋、仲介会社から杏林との事業統合話を持ちかけられたばかり。検討すると答えておいたのだが……」。ある大手製薬の首脳は事態の急転に驚く。
 帝人と杏林を再編に突き動かしたのは製薬業界を取り巻く厳しい経営環境だ。昨年4月に薬価(薬の公定価格)が業界平均で6.3%引き下げられ、同10月には高齢者の医療費自已負担分が引き上げられた。医療費抑制の傾向は今後も強まる見通しだ。
 巨額の研究開発投資も追い打ちをかける。新薬候補物資のうち発売できるのは1万千個に1つという確率で、開発リスクは高い。ゲノム(全遺伝情報)関連の基礎研究費に加え、臨床試験は大規模になってきており費用は膨らむ一方だ。

 「後になるほど相手が少なくなりますよ」。帝人と杏林の発表から明けた24日、日研化学には銀行の投資部門から数件の電話がかかった。
 M&Aの決め手になるのが研究開発力の優劣。一足先に大正製薬との資本提携にこぎ着けた富山化学工業には開発中の有力抗菌剤があった。日研化学は「選ばれる企業への変身」(島野和英社長)を急ぐ。「有力な自社開発品がない」と認める
持田製薬の持田直幸社長は魅力をどう高めるか頭を悩ませる。
 一方、多大な研究関発投資が必要な医薬事業に見切りをつけたのが、事実上撤退した
サントリーだ。分社化した医薬事業が第一製薬の子会社として昨年12月に発足。3年後をめどに第一が100%子会社にする。サントリーは酒類など本業に経営資源を集中する。
 他の事業との兼業メーカーは、あくまで製薬で生き残るか、それとも撤退するか、決める時が近づいている。
 先行企業も安閑とはしていられない。「千億円の研究開発費を確保しないとどうにもならない」(大手)なかで、帝人の長島社長は「第二、第三弾もありうる」と次の一手を見据える。大正の上原明社長は「大正・富山連合への参加企業を増やしたい」と意気込む。
 「新薬不足に悩む大手が声を掛けている今が良いタイミング」(メリルリンチ日本証券の三好昌武シニアアナリスト」。再編の流れは止まりそうにない。

 

外資攻勢、危機感強く

 三共はこの2カ月だけで藤沢薬品工業、スイスのノバルティス、英グラクソスミスクライン(GSK)などと新薬の開発・販売で相次ぎ契約を結んだ。積極的な事業拡大にもみえるが、実は新製品に乏しいという苦しい事情の裏返しでもある。「新しく売るモノがないと営業現場の士気も低下する」と同社幹部は打ち明ける。
 一番の稼ぎ頭である高脂血症治療剤メバロチンの国内特許が昨年10月に切れ、他社が安い後発品を準備中。売り上げを奪われるのは確実だ。これを穴埋めできる有力な自社開発品を発売できるのは数年後になる。それまでは、製品開発・販売権を他社から取得し、しのがなければならない。
 新薬開発は候補となる化学物質が見つかってから臨床試験を経て承認を取得するまで、10年程度かかる。年間数百億−千億円の研究開発費の回収はそれからになる。
 中堅製薬はもちろん大手にも再編の足音は近づいている。焦点になりそうなのが世界最大の医薬品市場である米国だ。
 大手各社は一様に米国市場開拓を急いでいる。医療費抑制の影響で国内市場規模は横ばい。むしろ外資系が海外で成功した新薬を日本で発売してシェアを拡大しており、今後国内で大幅な伸びは見込めないからだ。

 昨年10−12月期の医療用医薬品売上額(薬価べース)は国内大手の多くが前年同期に比べ減ったが米ファイザー、スイスのノバルティス、英アストラゼネカなどは増加。上位25社以内に外資系が9社入った。
 国内製薬にとって新天地は米国というわけだ。先行する武田薬品工業の武田国男社長は「自由競争の米国は頑張ればそれだけの見返りが得られる」と米市場シフトを、強調。藤沢薬品工業の藤山朗会長も「海外売上高を将来は全体の7割に高めたい」と意欲を見せる。エ−ザイは米国の医薬情報担当者(MR)を来年末までに約500人に倍増、研究拠点にも77億円を投じる。
 もっとも、米国での売上高が屋台骨を支えるまでには時間がかかる。「しばらくは販売網を築くための出費ばかりで収益は望めない」(山之内製薬)
 さらに、米市場の成長が鈍る懸念も出てきた。米国では医薬品価格が高すぎるとの批判の高まりを受け、政府も安価な後発品の使用を奨励。以前のような2ケタ成長は望めない。
 これまで国内大手の多くは「欧米大手のように規模だけ追っても研究開発力が高まるわけではない」(エ−ザイの内藤晴夫社長)と合併・買収(M&A)には慎重。しかし、米市場の変調は、世界第二位の規摸がある日本市場に対する欧米製薬大手の攻勢が一層強まる可能性を秘めている。
 「このままではいけない」(山之内の竹中登一社長)と各社は厳しい認識で一致している。 各社は医薬以外の部門の整理や生産拠点の統廃合など自社の改革を2、3年で終える計画。次の段階として本格的なMとAを検討する青写真を描くが、事業環境がさらに悪化すればそうも言っていられない。「できる限りのことを前倒しでやらなければ」(三共の高藤鉄雄社長)という危機感が高まりつつある。

<最近の主な製薬企業の提携例>

企業 相手先 製品 提携内容
三共 藤沢薬品工業 抗真菌剤 欧米で共同開発・販売
グラクソ・スミスクライン 糖尿病薬 国内販促で協力
ノバルティスファーマ 抗アレルギ一薬 国内で共同開発
山之内製薬 ゼリア新薬工業 消化管運動活性化剤 米国で共同開発
エ一ザイ アベンティスファーマ 骨粗しょう症薬 国内販促で協力
塩野義製薬 アストラゼネカ 高脂血症薬 国内で共同販売
第一製薬 アンジェスエムジー 心筋こうそく薬など 国内外の販売権取得

 

 


日本経済新聞 2003/2/16

製薬中堅、受託生産を拡大
 日本化薬・持田製薬 専用ラインや分社化

 中堅製薬各社が相次ぎ医薬品の受託生産を拡大する。日本化薬は受託専用の設備を今夏に設置、持田製薬は新型注射剤設備を稼働させ受託を増やす。先端医薬品の開発コスト負担が重い大手製薬会社は米国などのように製造を外部委託し始めている。薬事法の改正による規制緩和でこうした動きが加速する見込み。国内製薬会社の機能分化が進めば、業界全体の国際競争力向上につながる。
 医薬品製造の外部委託は現在でも一部可能だが、薬事法改正で2005年度ごろに完全委託が認められ販売だけでも承認が得られるようになる。
 日本化薬はこうした規制緩和を先取りする形で受託専用の生産ラインを設置する。高崎工場(群馬県高崎市)に約3億円をかけて設備を導入、今秋に稼働する。同社の得意分野で、他の医薬品に比べ毒性が強く生産が難しい抗がん剤の受託を増やす。受託売り上げは2002年5月期で約20億円だが、2年後に1.5倍に引き上げる。
 持田製薬は大田原工場(栃木県大田原市)に110億円を投じて注射剤の製造設備を新設中。2005年4月には医薬品の生産部門を分社化し、より受託需要に柔軟に応じられるようにする。
 医療機器大手のニプロは子会社の注射剤生産ラインを増設するなど受託拡大に向け「長期的に合計千億円の投資をする」(佐野実社長)。
 大洋薬品工業(名古屋市、新谷重樹社長)は2003年度に抗生物質棟建設などに約60億円を投資。10月に医薬品製造の4工場を分社化する藤沢薬品工業も、「将来は受託生産したい」(青木初夫社長)としている。
 中堅企業を中心に、今後受託事業を収益源に育てようとする同様の動きが活発になる見込み。受託生産が広がって製造コストが下がれば、最終的に患者が医療機関に支払う薬剤費の低下につながる可能性もある。
 一方、新薬開発に経営資源を振り向けたい大手を中心に、一部生産を外部委託する動きが始まっている。
 合理化の一環で2005年度末までに湘南工場(神奈川県藤沢市)を閉鎖する武田薬品工業は、一部製品で外部への生産委託を検討中。中外製薬は松永工場(広島県福山市)の閉鎖などでドリンク剤の生産を外部に任す。
 三共や山之内製薬も外部委託の拡大を検討している。
 開発と製造のそれぞれに特化する企業が登場する公算もあり、製薬業界のこうした機能分化は経営合理化や業界再編につながる。国際競争の中で新薬の開発力が問われている大手は独自の医薬品開発に力を集中しやすくなる。