いま全国の病院や薬局で、薬が不足しています。
病気の治療や健康を守るための幅広い種類の薬が、入手しづらい状況になっています。
その要因の1つに、ジェネリック=後発医薬品の供給が不足している問題があります。

大きなきっかけとなったのは、製薬会社で相次いだ不正です。
深刻な薬不足の実情と、製薬業界の構造的な課題に目を向け、再発を防ぐために何が必要かを考えます。

【医薬品不足が深刻化】
医薬品には、医師が処方し薬局などで購入する「医療用医薬品」と、処方箋が不要で広く市販されている「一般用医薬品」があります。
いま深刻な供給不足が起きているのは、主に「医療用医薬品」です。
日本医師会が8月から9月にかけて行った緊急調査では、実に90%の医療機関が「入手困難な医療用医薬品がある(院内処方)」と答えています。
また「薬局から在庫不足の連絡を受けたことがある(院外処方)」という医療機関も74%に上りました。
具体的には、咳止めや痰を切る薬、糖尿病の薬や止血剤、それに総合感冒剤や抗うつ薬など、幅広い種類の医薬品が不足し、不安が広がっています。

【ジェネリック医薬品の出荷制限相次ぐ】
この薬不足はなぜ起きるのか。
インフルエンザや新型コロナなどの感染症が拡大し、薬の需要が伸びていることが大きく影響していますが、別の大きな要因もあります。
ジェネリック=後発医薬品で、出荷制限が相次いでいるという点です。

ジェネリックとは、先発医薬品の特許が切れた後に作られる薬で、同じ有効成分を持ちますが、開発費が少ないため、価格が低く抑えられる薬です。
日本製薬団体連合会の調査では、9月の時点で、ジェネリック医薬品の19%、数にして1700余の品目で出荷が限定され、13%・1200余の品目で供給が停止されています。

【メーカーの不正問題】
ではなぜ、出荷の制限や停止が相次ぐのか。
そのきっかけとなったのが、ジェネリックのメーカーで相次いだ「不正問題」です。
3年前、福井県の「小林化工」で、水虫などの薬に睡眠導入剤の成分が混入する問題が起きました。国が承認していない工程で製造を行うなど、悪質な不正が明らかになりました。
社員教育を十分に行わないまま、生産を大きく拡大した事などが要因とされています。

2021/2/12   小林化工に116日間の業務停止命令

これをきっかけに、大手の「日医工」など、他でも製造工程や品質管理の不正が次々と明らかになりました。業務停止や改善命令を受けた会社は15社にのぼります。

2021/3/4 ジェネリックの日医工、業務停止の行政処分


これらの問題で、多くの医薬品の供給がストップしました。

また10月には、大手の「沢井製薬」で胃薬の品質試験に不正が見つかり、自主回収を進めています。

沢井製薬 品質確認試験を不正な方法で実施 自主回収へ


さらに、問題の無かったメーカーにも、影響が広がっています。
出荷停止が相次いだことで、同じ成分の薬を作るメーカーに注文が殺到。その結果、製造が追いつかなくなり、出荷を制限せざるをえないケースが起きています。
こうした供給不足は、2年以上続いていますが、はっきりとした収束の目途は、まだ立っていません。

【業界の構造的な課題】
このように、メーカーの不正問題が深刻な薬不足をまねいたわけですが、一方で適正に製造を行う会社は多くありますし、問題の大きな原因は、一部の会社のコンプライアンス意識の低さにあります。
ただ、個別の会社の問題として片づけてしまうのではなく、業界が抱える構造的な課題や、背景にも目を向けて、再発を防ぐことが重要だと思います。
ここからは、その点について見ていきます。

【ジェネリック市場の急拡大】
背景を考える上で、1つ注目すべきなのは「ジェネリック市場の急拡大」です。
ジェネリック薬の使用割合(数量シェア)は、2011年まで40%未満でしたが、その後、大きく上昇し、2021年には80%近くまで上がりました。シェアが約10年間で2倍に拡大したのです。
これは、ジェネリックが、価格を低く抑えられ、医療費の抑制や患者の負担軽減に繋がることから、国が利用を強く推進したことが、大きく影響しています。
ところが、国が定める価格=薬価は下がり続け、経営が厳しさを増していて、メーカーの数自体は、逆に少しずつ減ってきています。
需要が伸びてもメーカーが増えず、さらに中小企業も多いことから、結果的に、1つの会社が多くの品目の医薬品を少量ずつ作る、「少量多品目生産」という構造が広がりました。
現在、約190のメーカーが、約1万1000品目もの薬を供給しています。

しかし、生産する医薬品の種類が増えれば、それだけ製造工程は複雑になり、管理も難しくなります。
メーカーはその分、製造や管理体制を強化しなければなりませんが、厳しい経営や、過密な出荷スケジュールの中で、その余裕がなく、対応がおろそかになった会社がありました。
また、常に限界に近い稼働を続けているため、今回のような緊急事態に増産できる、「余力のある会社」が少ないという課題もあります。
このため一度、医薬品不足に陥ると、影響が長期化してしまいます。
いま必要なのは、無理な市場拡大を改めて、非効率な生産構造も出来るだけ見直し、安定した供給体制を築くことです。

【安定供給の会社 高く評価を】
では具多的にどんな対策が必要なのか。
国が設置した有識者の会議で議論が行われ、10月、その中間とりまとめが公表されました。
そこでは、後発薬の品目数を抑えるため、新規の薬に一定の絞り込みを掛けていく。
また有効成分が同じ薬などは、品目の統合を促進するなどの対策を、検討するよう提言しています。
さらに、緊急時に即座に増産できるような「余剰能力」のあるメーカーをより高く評価し、その結果を、薬価制度などに反映する仕組みも検討すべきだとしています。

これまでジェネリック業界は、値段の安さばかりが重視されてきたとも言われています。
それが、激しい価格競争を生み、設備投資や体制強化が進まなかった面もあります。
今後は、品質をきちんと保てる、安定供給を維持できる会社が、より高く評価され、信頼を得る市場に変えていく必要があります。
本来ならば、市場の拡大を主導した国が、もっと早くから対策を実施すべきでした。
国は、新しい薬価の仕組みや評価の基準を早急に打ち出す必要があります。
さらに、薬価の過度な引き下げには、歯止めを掛けていく対策も検討すべきだと思います。

【行政の監視機能も強化を】
そして、もう1つ対応を強化すべきなのは、行政による監視です。
製造が適正に行われているかは主に都道府県が調査し、監視することになっています。
しかし、それが十分に機能していたとは言えません。
一連の不正の中には、長年、不適切な製造が行われてきたにも関わらず、それが見つかってこなかったケースもあります。
今回の問題で、ジェネリックの業界団体などは、社員教育の充実やコンプライアンス遵守の強化など、自主的な対応策を打ち出しています。
それでも、医薬品の問題は人々の健康や命に直結するため、国と都道府県は、監視やチェック機能をより強化し、それを担当する専門職員の育成にも力を入れる必要があります。

【まとめ】
一連の不正による深刻な薬不足で、ジェネリック業界の信頼は大きく失われました。
しかし、医療費の伸びや患者の負担を抑えられるジェネリックが、重要な医薬品であることには、変わりありません。
だからこそ、業界が抱える構造的な課題を一刻も早く解消し、再発を防ぐ必要があります。
問題を二度と繰り返さないこと。これが失われた信頼を取り戻す、唯一の道だと感じます。